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ニッポン 食の遺餐探訪

永く使える国産の刷毛・ブラシは高いか、安いか
日本の遺産を支える「ブラシ」職人のこだわり

樋口直哉 [小説家・料理人]
【第6回】 2013年5月8日
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 上野駅から合羽橋道具街へとのびる浅草通りは『仏壇通り』とも呼ばれている。神保町の古書街を想像してもらえばいいが、道路の片側に延々と仏壇屋が立ち並んでいる。片側に店舗が集中しているのは、日中の陽射しから仏壇を守るためらしい。

 その通りを歩き、稲荷町の駅を抜けたあたりにその店はある。『宮川刷毛ブラシ製作所』という看板が出ているが、それよりも目立つのは、ディスプレイされている様々な種類の刷毛(ハケ)やブラシだ。

店頭には様々な商品が並ぶ。種類を訊ねたところ「数え切れない(笑)」とのこと

 店先には化粧ブラシをはじめ、デスク掃除用といった比較的身近なものから、漆刷毛といったプロ用の道具まで様々なものが並んでいる。

 自動ドアを開けて店内に入ると、右手にある棚には版画用のブラシや髭ブラシが積み上げられ、小上がりには作業場がある。左手のガラスケースには刷毛が並べられている。左官職人が使うものから、調理用までその種類は様々だ。

 じつは料理やお菓子に刷毛は欠かせない。卵や油を塗ったりといった使い方をはじめ、日本料理では繊細な身の魚に粉をはたいたりするのにも使う。

 「何に使うのを探してますか」

 店に入るなり、店主である宮川彰男氏にそう訊ねられた。刷毛やブラシは用途や種類が多いので、プロのアドヴァイスが必要、ということらしい。

 料理用の刷毛が欲しいんですが、と告げると「うちの刷毛は高いよ」と江戸っ子口調の宮川さんはぼそりと言った。「その左下にある刷毛は合羽橋なんかでは売ってないね。糸が表面に出てないでしょう。それは無トジって言って、うちでしか買えない」

 手にとってみると、たしかに普通刷毛といって想像する形とは微妙に異なる。切り込みをいれた木で、毛をサンドするようにしてつくってある。さらに表面が滑らかで全体に丸みを帯びている。天然の豚の毛は触ると心地よい。彰男さんという名前からとられた秋穂という名がさりげなく入れてあって、ちょっとした工芸品のようだ。

 「使ったらよく洗って、冷蔵庫か冷凍庫に保管するんだ。日に当てちゃ駄目だよ。上手に手入れすれば10年は使える」

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樋口直哉 [小説家・料理人]

1981年生まれ。服部栄養専門学校卒。料理人として活動する傍ら、2005年、『さよならアメリカ』で群像新人文学賞を受賞し、小説家としてデビュー。ほかの作品に『月とアルマジロ』(講談社)、『大人ドロップ』(小学館)、『星空の下のひなた。』(光文社)、『ヒマワリのキス』(徳間書店)、『アクアノートとクラゲの涙』(メディアファクトリー)がある。

 


ニッポン 食の遺餐探訪

和食を世界遺産に、という動きが農林水産省を中心にはじまっている。日本料理はここ十年余りの世界的な流行になり、外国の料理人の多くも関心を持っていて、誰もがそれを理解しようとしている。しかし、当の日本人の多くは日本料理を理解できていないのではないか。そこでこの連載では、日本の食を支えている道具や食材をつくっている生産者、職人を訪れて、私たち日本人が知らない日本の“食の遺餐”を紹介していく。 

「ニッポン 食の遺餐探訪」

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