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ニッポン 食の遺餐探訪

時代を越えて再び“輸出産業”へ
100年生き残る「硝子メーカー」のしたたかさ

樋口直哉 [小説家・料理人]
【第5回】 2013年4月3日
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 今年の桜の開花は早かった。

 日本人が桜好きであることは広く同意していただけるだろう。千鳥ヶ淵や井の頭公園、靖国神社などの名所でなくても、近所を歩いていて庭先に植えられた桜を眺めるだけでも、冬の寒さに縮こまった心が緩む。

 「一斉に咲いて、一斉に散る」花であるソメイヨシノは明治期以降に植えられたものであることはすでに知られた話だ。そのイメージが軍国主義のメタファーとして利用され、富国強兵政策の波にものって日本中に植えられた。

 そもそも日本という言葉でイメージされるものの多くが、明治期に生まれたものだ。当時の為政者たちは、それまで「川を渡れば別の国」という感覚だった人々を、いわゆる〈創られた伝統〉によって『日本人』という共同幻想でまとめあげたわけで、まあ大変だったと思う。

 ガラス産業もそんな富国強兵政策の一環としてはじまったものである──というわけで今回のテーマは東京のガラス食器です。

江戸切子

 僕もはじめて知ったのだが、ガラス産業は東京の一大産業だったようだ。戦後、1950年代から60年代にかけてもっと多くのガラス製品が輸出され、神武景気を支えた。

 その後、70年代から国内需要に徐々にシフトしていき、輸出は減少していく。円高が進んだこともあり、海外で販売しても利益が出なくなったのである。逆に海外から安価な製品が輸入されるようになり、都内のガラス工場も減っていった。

 そんななか、今再び海外から評価され、製品を輸出しているガラスメーカーが東京にあると聞いた。東京スカイツリーのお膝元、錦糸町にある廣田硝子である。

 廣田硝子は和にこだわり、ワイングラスなどもつくらず、社名も『ガラス』ではなく、『硝子』を守っている。世界で戦う下町の硝子メーカー。その四代目社長、廣田達朗さんに話を聞いた。

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樋口直哉 [小説家・料理人]

1981年生まれ。服部栄養専門学校卒。料理人として活動する傍ら、2005年、『さよならアメリカ』で群像新人文学賞を受賞し、小説家としてデビュー。ほかの作品に『月とアルマジロ』(講談社)、『大人ドロップ』(小学館)、『星空の下のひなた。』(光文社)、『ヒマワリのキス』(徳間書店)、『アクアノートとクラゲの涙』(メディアファクトリー)がある。

 


ニッポン 食の遺餐探訪

和食を世界遺産に、という動きが農林水産省を中心にはじまっている。日本料理はここ十年余りの世界的な流行になり、外国の料理人の多くも関心を持っていて、誰もがそれを理解しようとしている。しかし、当の日本人の多くは日本料理を理解できていないのではないか。そこでこの連載では、日本の食を支えている道具や食材をつくっている生産者、職人を訪れて、私たち日本人が知らない日本の“食の遺餐”を紹介していく。 

「ニッポン 食の遺餐探訪」

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