日本最大級のコワーキングスペースを設立・運営する傍ら、年200回を超えるイベントで全国の起業家たちの背中を押す。そして数字よりも人物を見て現在までに60社に投資。うち複数がイグジットしただけでなく、未だに倒産はゼロ――。
その実績から2010年代の起業ブームの中心人物と目されるインキュベーターが、「いま、この日本での」起業のリアルを解説する連載がスタートします。
まずは自己紹介と、日本の起業シーンの振り返りから始めましょう。

「インキュベーター」ってなんだ?

 みなさん、はじめまして。榊原健太郎です。

 まず、僕の職業である「インキュベーター」の説明からはじめさせてください。「インキュベーター」(incubator)とは、もともと「卵からをかえす装置」という意味の言葉で、起業家や起業家の卵たちを支援する人のことを言います。

 IT系を中心に、創業間もないベンチャー企業(最近はスタートアップと呼ぶのが流行りです)に元手となるお金を投資し、事業のノウハウを提供したり、事業を支援してくれる専門家を紹介するなどのサポートをしています。投資だけでなく、具体的な事業支援をすることが、同じくベンチャーに投資をするベンチャーキャピタル(VC)や、エンジェルと呼ばれる個人投資家との大きな違いです。

 なぜインキュベーターをやっているかというと、FacebookやGoogleのように、世界的に成功するIT系の企業を生み出したいからです。

 と言うと、半笑いのような顔になる人が多いのですが、本気です。

 あなたも「アホだな、できるわけない」と思いますか?
 でも、この5年間で、僕らの呼びかけに応えて、たくさんの人たちが日本各地で起業してくれました。そして、僕らの夢がかなう可能性はどんどん高くなっていると感じています。

 僕が自分の会社であるサムライインキュベートを立ち上げた2008年頃は、インキュベーターの存在は世の中であまり知られていませんでした。ベンチャーに投資をするエンジェル投資家はいましたし、VCもありましたが、インキュベーターを名乗る人はもちろんのこと、事業にコミットしてサポートする人もほとんどいませんでした。

 海外でインキュベーターをやっているのは、たいてい実際に起業を経験した人か、あるいは大企業で新規事業の立ち上げを経験した人なのですが、日本のVCの多くは金融系の会社から派生しており、その社員も元金融マンや銀行からの出向、あるいは新卒入社などで、起業や事業経験のない人がほとんどだったのです。

 一方、当時から「起業」は少しずつ盛り上がっていましたから、悩んでいる起業家、起業家の卵はたくさんいました。

•起業に興味はある!でも何からはじめればいいのかわからない。
•事業のアイデアはあるけれど、ビジネスとして回していける自信がない。
•アイデアをどう形にしたら成功の確率は上がるんだろう?
•スタートは切ったものの、経営がうまくいかない。

 こんな声をたくさん聞いたので、実際にベンチャー企業で立ち上げ時期に働いた経験を活かして、起業を総合的に応援するしくみをつくろうと、サムライインキュベートを立ち上げたのです。

 起業家を集めての勉強会からはじめ、現在は、「サムライスタートアップアイランド」という天王洲アイルのコワーキングスペースを安い価格で貸し出して、経営やマーケティング、営業、人事、財務など、ベンチャーが直面するあらゆる課題の相談に乗っています。

 2009年からは、誕生したばかりのベンチャーに資金を支援する「サムライファンド」(Samurai Fund)も立ち上げました。これまでに4つのサムライファンドを設立し、60社を支援しています(2013年7月現在)。

 起業家は一般的に、IPO(新規株式公開)かバイアウト(企業売却)を「イグジット」(EXIT)と呼んで最初の目標とするのですが、「サムライ軍団」と呼ばせてもらっている投資先からは、すでに複数の会社がイグジットに到達しています。

 たとえば、スマートフォン専門の広告配信サービス会社であるノボットは、創業2年目にKDDI子会社の株式会社medibaに15億円で売却されました。
他にも来春以降のIPOを目指す会社が数社あります。

 IPOやバイアウトが可能になるということは、ビジネスとして利益を出すことができる、すなわち「世界を良くする企業」だと、社会的に認められるということです。今回の原稿、そしてもうすぐ発売する本は、そういった会社をつくることにチャレンジしてくれる人、つまり僕らの仲間を増やすために書きました。