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「デジタルな日常」を生きる

学校で、iPadを1人1台に持たせると
何が起きるか?

松村太郎 [ジャーナリスト・著者]
【第4回】 2013年10月1日
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 デジタルな日常を見渡してみて、スマートフォンやタブレットによって劇的に機会が拡大したのは教育だと考えている。それも、肩肘張らないちょっとした隙間時間に学ぶことができる環境が整ってきた。

 例えば日本でも人気のある英語スピーチが楽しめるアプリ「TED」は、世界中の英智を15分前後のビデオに凝縮して楽しむ事ができる。「勉強」というよりは「知的好奇心を刺激する」といった趣だ。通勤時間に動画や音声のストリーミングを楽しむ事ができ、習慣化したり、ちょっとしたスキマ時間に楽しんだり、その使い方は多彩だ。

 筆者はこれらを「カジュアルな学び」と呼んでおり、英語では「Informal Learning」(非公式な学び、学校で単位がもらえる学びではないという意味)などと言われている。単位がもらえないから学びではない、と一概に言えないのは、筆者も中・高・大学時代を振り返って感じるところだ。

 カジュアルな学びをどのように「学び」と認定するのか――例えば視聴履歴を記録したり、感想のツイートなどを残したり――についても議論が残るが、前述の通り知的好奇心を満たすことは、単位以上に大切な学びの大きな意味になっているはずだ。

 前回の連載で紹介した、ニューヨーク市のコード教育を施す普通科高校「Academy for Software Engineering」でも、「コード好き」であることが入学資格となっており、このあたりの評価や定量化は、今後デジタルで学びの記録が克明に付けられることで、分析されることになるだろう。

「デジタルな学び」は、教え方を「反転」させる

 日本では電子教科書や電子黒板など、現在の日本の教育環境にある道具をデジタルに置き換えるという前提で話が進んできた。道具のデジタルへの移行については、米国でもさほど大きく変わらない。

 しかし米国では、教科書とノートといった個人個人の教材をタブレットに置き換え、さらに教室内での教え方を変えつつある。現在までの動きを見ていて、日米で違っているのは、「Flipped Teaching」を前提にしようとしているか、否かである。

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松村太郎[ジャーナリスト・著者]

まつむら・たろう/1980年生まれ・米国カリフォルニア州バークレー在住のジャーナリスト・著者。慶應義塾大学政策・メディア研究科卒。慶應義塾大学SFC研究所上席所員(訪問)、キャスタリア株式会社取締役研究責任者、ビジネス・ブレークスルー大学講師。近著に「スマートフォン新時代」「ソーシャルラーニング入門」など。

 


「デジタルな日常」を生きる

スマホ、SNSなど、毎日の暮らしに欠かすことのできなくなったネット環境とデジタルツール。その一方で、セキュリティやプライバシーの問題、ツールへの依存、ネットコミュニティとの関わり方など、日々新たな問題が現れ、状況は変化している。私たちは「デジタルな日常」をどう生きていけばいいのか、米国シリコンバレー在住の記者が、生活者の目線で解説する。

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