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海外戦略アドバイザー杉田浩一が徹底解説 ミャンマービジネス最前線

ミャンマーで活躍する名知仁子医師に聞く
医療体制と医師・看護士の苦しい境遇

杉田浩一 [株式会社アジア戦略アドバイザリー 代表取締役]
【第8回】 2013年11月14日
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前回、ミャンマーにおける医療の現況について、近隣諸国との比較の観点からご紹介した。一方で、ミャンマーにおける医療の現状は、数値的な尺度から見えない点も多々ある。特に実際に現地で医療活動を行う際には、どのような困難があるのか。また日本などの医療先進国から見て、そもそも何が問題なのかは、実際にそこに従事した方にしか見えてこない。

 今回は、日本人医師として現地でのサポートに長年従事しているNPO法人ミャンマーファミリー・クリニックと菜園の会代表の名知仁子氏に、ミャンマーにおける医療制度の実態と、そこで長年活動してきた現場ならではの視点からの話を伺った。

サイクロン「ナルギス」では
現地政府の監視がついた

 名知氏は、1988年に獨協医科大学を卒業後、日本医科大学第一内科医局に入局し医師として活躍されていたが、1999年にマザーテレサに感銘を受け国際医療を志し退職。2002年に国際緊急医療支援団体の一員となり、それ以降、国際医療支援に取り組んできた。

 ミャンマーについては、2002年にタイ、ミャンマーの国境沿いでカレン族に対する医療支援を実施し、その後、少数民族紛争で取り上げられるロヒンギャ人に対する医療支援をラカイン州で行ったり、ミャンマーデルタ地帯でのサイクロン被害に対する緊急人道援助にもかかわってきた。

 特にこの時代は、まだ軍事政権が海外NGOの活動に対して厳しく監視していた時期で、なかなか情報が取り上げられないなかで、地道に草の根の医療活動を他の団体と一緒に展開してきた。

 当時を振り返って、最も厳しい情報統制が敷かれていたのは、2008年に大型のサイクロン「ナルギス」により甚大な災害がもたらされた時だという。その時は、必ず毎日現地の政府関係者に対し、活動の内容を報告する義務があった。

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杉田浩一 [株式会社アジア戦略アドバイザリー 代表取締役]

すぎた こういち/カリフォルニア大学サンタバーバラ校物理学及び生物学部卒。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)経済学修士課程卒。15年間にわたり複数の外資系投資銀行にて、海外進出戦略立案サポートや、M&Aアドバイザリーをはじめとするコーポレートファイナンス業務に携わる。2000年から2009年まで、UBS証券会社投資銀行本部M&Aアドバイザリーチームに在籍し、数多くのM&A案件においてアドバイザーを務める。また、2009年から2012年まで、米系投資銀行のフーリハン・ローキーにて、在日副代表を務める傍ら東南アジアにおけるM&Aアドバイザリー業務に従事。2012年に、東南アジアでのM&Aアドバイザリー及び業界調査を主要業務とする株式会社アジア戦略アドバイザリーを創業。よりリスク度の高い東南アジア案件において、質の高いアドバイザリーサービスの提供を目指してASEAN各国での案件を遂行中。特に、現地の主要財閥との直接の関係を生かし、日系企業と現地企業間の資本・業務提携をサポートしている。ミャンマーにおいては、大手事業会社、総合商社、金融機関等の進出戦略立案及びその実行サポートに携わる一方で、2012年よりダイヤモンド・オンライン(Diamond Online)にて、3年間にわたり人気コラム『ミャンマー その投資ブームは本物か』『海外戦略アドバイザー杉田浩一が徹底解説 ミャンマービジネス最前線』を連載。


海外戦略アドバイザー杉田浩一が徹底解説 ミャンマービジネス最前線

民主化へ舵を切り、欧米の経済制裁が解除されたことで、世界中の企業の耳目が集まるミャンマー市場。具体的な民主化政策の実行からわずか1年で、会社法や外国投資法など進出する企業にとって重要な法律が施行され、市場として環境が整い始めた。本連載では、企業進出の現場から何が具体的な問題点なのか、またそれを乗り越えるようどのような努力が現在なされているのかについて見ていきたい。「ミャンマー その投資ブームは本物か」に続く、連載第2弾。綿密な現地取材をもとに、ミャンマービジネスの最前線を追う。

「海外戦略アドバイザー杉田浩一が徹底解説 ミャンマービジネス最前線」

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