AIは今、実際の業務にどれだけ組み込まれているか?
AIのビジネス活用と業務効率化にフォーカスしたリアルイベント「AI BUSINESS CONFERENCE 2026 春 in 東京」(主催:スマートキャンプ/東京ミッドタウン六本木)において、Genspark 共同創業者兼CTOのカイ・ジュー氏が登壇する「一億総『AI参謀』社会:人口減少日本が、世界最高の生産性を手にする日」と題したセッションが行われた。
同社のサービス「Genspark」と聞いて、人気俳優の松坂桃李さんが「資料作成ド下手マン」から「資料作成素敵マン」へと変貌するテレビCMを思い浮かべる人は多いだろう。
資料作成は分かりやすい機能の一つだが、それだけにとどまらない。Gensparkは、ユーザーが指示を出すと、自律的に複数の作業をつなげて実行する「エージェント型」と呼ばれるAIだ。
対話型のChatGPTなどがユーザーの問いに答える「一問一答」形式であるのに対し 、Gensparkは「調べる→情報を整理する→資料を作成する→共有する」といった一連の業務を自律的に実行する。
その背後では、ChatGPT、Gemini、Claudeなどの最新モデルを含む、得意分野が異なる複数のAIが稼働しており、指示の内容に応じて最適なモデルが選択される仕組みとなっている。
「未来はすでにここにある。ただ、均等に行き渡っていないだけだ」
セッションで掲げられたSF作家のウィリアム・ギブスンの言葉は、AIを巡る現在の状況を端的に示している。AIはすでに、ホワイトカラーの業務を支える高度な能力を持っている。問題は、どこまで日々の実際の仕事に組み込めているかという点だ。
冒頭の同社共同創業者兼CEOのエリック・ジン氏のビデオメッセージでは、同社が目指す姿が語られた。
ビデオメッセージを寄せたGenspark共同創業者兼CEO
エリック・ジン氏
(上部モニター中央)
「私たちが作ろうとしているのは、人間に取って代わるAIではありません。人がより良い仕事をするためのAIです。面倒で時間がかかる単純作業をAIに任せることで自由な時間を増やし、ユーザーが本当に実現したいことに集中できるようにしたいのです」
AIは急速に進化している。毎週のように新しいモデルが現れ、大きな変化が起きる。進化を続けるAIと、それに追い付けない人間の差は開くばかりだ。エリック氏は、この“AI格差”を埋めることこそ同社の役割だと話した。
「AIの進化のスピードは驚異的で、AI業界で働いている人間でさえ冷静でいられないほどです。一方で、多くの仕事におけるAI活用といえば、いまだにチャット機能で質問や相談をしたり、切り出した業務での補助的な利用に限られているでしょう。
AIが実際にできることと、多くの人がAIにできると思っていることとのギャップは日々大きくなっています。だからこそ、Gensparkは『高度なAI技術の翻訳者』でありたい。常に進化する最先端のAI技術を、誰もが使えるシンプルな機能に変えて提供する。それが私たちの役割です」
さらにエリック氏は、AIの進化には“四つの世代”があるとの考えを提示した。第1世代はAIが質問に答える「チャット」、第2世代はAIが成果物を生成する「エージェント」である。
そして第3世代が複合的な業務を実行する「AI社員」であり、本当の同僚のように人間と共に働くフェーズ、そしてその先にある第4世代は、人間とAI社員が一つのチームとして共に働く「AIネイティブな組織」という未来の姿だ。
Gensparkによって、AIは組織の一員として活躍する
続いて、同社CTOのカイ・ジュー氏が示したのは、その思想を業務の中でどう動かすかという具体像だ。
Genspark共同創業者兼CTOカイ・ジュー氏
「Gensparkを使えば、ユーザーが一つ一つのAIモデルの進化を逐一追い掛け、どれを使うべきか悩む必要はありません。私たちが目的に合わせて最適なAIを裏側で組み合わせ、最終的な『成果物の作成』や『実行』までつないでアウトプットします。それこそが、私たちがオールインワンで提供する強みです。
AIの世界では、変化の速度そのものが競争力になります。私たちは毎週のアップデートと、毎月の大規模なアップデートを通じて、ユーザーが常に新しいAIの力を使える状態をつくっています」
直近で同社は、「Genspark Claw」や、PowerPoint、Excel、WordへのアドインでのGensparkの組み込みを発表。AIをごく普通の業務環境の中で使えるようにする方向へ進んでいる。
***
Gensparkが描くのは、AIを限られたプロフェッショナルが使うものにしない、どんな人でも使える世界だ。では、そのようなAIは、人口減少が進む日本の仕事や組織をどう変えるのか。
続くディスカッションパートでは、シナモンAI代表取締役社長CEOの平野未来氏をモデレーターに、カイ氏と参議院議員でAIエンジニア・SF作家でもある安野貴博氏が語り合った。

日本が“AI導入”を加速させるべき理由とは?
平野 日本は長年、生産性の低さが課題とされてきました。人口減少が進む中で、AIによる生産性向上をどのように捉えていますか。
シナモンAI代表取締役社長CEO平野未来氏
カイ 日本のユーザーは、AIに対して非常に意欲的だと感じています。労働力不足は日本にとって大きな課題ですが、それはAI導入を加速させる強力な動機になります。
他の国では「AIが仕事を奪う」という不安が強い一方で、日本では人手が足りないからこそ、AIを「奪い手」ではなく、切実な「解決策」として受け入れやすい土壌があり、実際に日本のユーザーはあらゆる機能を熱心に探究しています。これは私たちから見て、世界でもまれな市場の特性です。
安野 同感です。加えて言えば、これまでは、デジタル技術を使いこなすには「プログラミング言語」というコンピューター専用の言葉を学ばなければなりませんでした。 その「専門知識の壁」が、AIを使いこなせる人とそうでない人の差を生んでいたんです。 しかし今は、自然言語である「日本語」でシステムを動かすことができます。
参議院議員AIエンジニア・SF作家
安野貴博氏
平野 自然言語でAIを使えるようになると、具体的にはどのような可能性が広がるのでしょうか。
安野 コーディングという専門知識の壁が低くなったことで、技術者だけでなく誰もがAIを活用できるようになりました。例えば、日本のビジネスパーソンも自然言語でAIに指示を出せれば、AIを使いこなせるかもしれません。
いつもコミュニケーションを取るようにAIに依頼し、実行することができるので、あらゆる人の現場の知識を組み込むことが可能になります。誰でもAIを使う「スキルの底上げ」こそが、日本全体の生産性を引き上げる鍵になります。
カイ AIの活用は仕事だけに限りません。例えば、私の妻は、Gensparkを活用して、趣味のために自作のウェブサイトやダッシュボードを作って、自分の生活を便利で豊かなものにしています。
AIによって「実装コスト」というハードルが消えた現代では、AIはお金を稼ぐ仕事のためだけのものではなく、これまでだったら実現不可能だった選択肢を人々に提供し、自分の理想を現実にする手段となり、人生を豊かにするための道具にもなります。
「AI導入のリスク」と「導入が遅れるリスク」をどう捉えるか
平野 ただ、それだけAIが深く入っていくほど、信頼性やデータ流出などのリスクも避けて通れません。どのような点が重要になると考えますか。
カイ AIモデルはすでにかなり賢く、リスクは確かにあります。そのため、Gensparkでは技術的にもリスクを徹底的にコントロールしています。セキュリティーとIT要件においては、ISO 27001やSOC 2 Type IIを含む最高水準の認証を取得したり、マイクロソフトとの提携によって、企業が安心して使える枠組みを整えています。
しかし、私が最も伝えたいのは「マインドセット」の話です。 マインドセットには2種類あります。
一つは「AIネイティブ」な姿勢——AIは今は完璧ではないしできないこともある、でも心をオープンにし、AIに何ができるのか、その能力や安全に使える境界はどこかを探り続ける。この姿勢を持っていれば、セキュアな範囲でAIを使い、AI自体に「これは安全か?」「私のデータはどう扱われているか?」と聞くこともできます。
もう一つは「AIは完璧ではないから使わない」という姿勢。今日の段階では彼らが間違っているとは言いません。しかし、AIは日々進化している。ある朝目覚めたら、状況がガラリと変わっている——それが今のペースです。気付かないうちに失っている機会、それこそが最大のリスクだと私は考えています。
安野 政治や行政の領域でも、AIを使うときには透明性が重要です。大量の意見をAIで分析する場合、どのデータを基に、どの論点を抽出したのかを確認できなければなりません。AIによって意思決定を速くすることはできますが、最後に人間が責任を持って判断する仕組みは必要です。
一方で、日本の企業はセキュリティーや正確性を過度に懸念して、AI導入に慎重なところも多いのが現状です。そこでは、「使って失敗するリスク」は議論されますが、「使わずに後れを取るリスク」はほとんど語られません。
AIを使いこなせる人との「差」や導入のリスクを恐れて足を止めるのではなく、誰もが使いこなせるように底上げしていく議論が必要です。
平野 AIは、単なる補助ツールを超えて、専門的なスキルや高度な判断が必要な実務まで、すでに完遂できる段階に来ているのでしょうか。実際に業務でAIを使いこなしているGenspark社のケースを教えてください。
カイ すでに十分に使える段階に来ています。私たちは今、社員70人という規模で、1500人規模の組織に匹敵するスピードで開発を進めています。コードのほぼ100%はAIが記述しており、過去2週間で組織全体として2000件以上のコードの修正提案(プルリクエスト)が生成され、変更行数は200万行を超えています。
ただ、単にAIを導入すれば生産性が向上するわけではありません。AI活用を前提に、AIに任せるべきことと人間が確認すべきことを明確にし、組織構造そのものを変えることです。これにはトップの決断とコミットメントが必要だと考えます。
安野 すごいですね。私たちのチームも同じ70人規模ですが、2週間の開発量は到底及びません。組織の在り方そのものが変わっていく時代が、すでに始まっているということですね。AIを使いこなすことで、組織の形も、政治の形も変わっていく可能性があります。
平野 お二人から最後にメッセージをお願いします。
安野 われわれも「AIネイティブな組織」に向け、AIによってこれまで不可能だったことを実現しており、チーム全体としてAIのインパクトを実感しています。
私たちが公開した「みらい議会」を例に出します。これは、AIが人に質問を行い、政策に関する意見を集めて整理・分析するAIインタビューツールです。ある政策テーマでは、3000人以上から意見を集め、本来であれば約2000時間分に相当するインタビューをAIで分析しました。これにより、短期間では拾い切れなかった有識者や当事者、現場の声を可視化し、政策論点として整理することが可能になりました。
もちろん、対面での対話にしかない深さはあります。一方で、限られた時間やリソースの中で、人間だけでは扱い切れない量の意見を集め、整理し、意思決定につなげられる点はAIの大きな強みです。私たちは、こうした活用こそがAIによる生産性向上の本質であり、今後はより多くの日本人がその価値を実感していくと考えています。
カイ AIモデルは十分に賢くなりました。次の課題は、AIが自律的に仕事を進める環境を人間がどうつくるかです。私たちは「One Prompt, Job Done(一つの指示で仕事を完結させる)」という考え方を掲げています。私たちはAIを一部の詳しい人だけの特権にせず、誰もがその力を使える日常的な業務環境にしていきます。
そして最後に、今日のこのセッションは私にとっても非常に新鮮な体験でした。日本では、安野さんのような政治家が"AIを使って公共の利益をつくる"ことを真剣に語っている。これこそが、AIが本当に誰にとってもベネフィットになる道です。
だからこそ重要なのは、AIを受け入れ、新しいことを試し続けることです。変化のスピードが増す時代には、立ち止まらない姿勢自体が大きな競争優位になります。未来はすでに到来しています。問われているのは、それを自らの力にできるかどうかです。
平野 自律的に仕事を進め、結果を出してくれるAIを誰もが使えるようになれば、あらゆる仕事や組織を変えていきそうですね。今はまさにその入り口にあるといえるのではないでしょうか。
