リスクとリターンの関係は、
ファイナンスだけでなく、人生のエッセンス

田中 ビジネススクールでのファイナンスの授業は、どんな感じでしたか? また、MBA取得後に現場へ戻られ、さらに、経営者を経験される過程で、ビジネススクールでファイナンスを学んだことがどのように実務で役に立ちましたか? 

岩田 ファイナンスの最初の授業に出てくるリスクとリターンの関係がシンプルで、とてもすんなり腑に落ちました。要するに、リスクが大きくなったらリターンが大きくないといけないという、あのグラフはすごく印象的でした。言われてみれば当然のことですが、それが座標上に線一本で表現されているのですから素晴らしいですね。
 それから、ファイナンスの世界では、リスクとはボラティリティである、と定義しています。つまり、バラツキです。リスクはネガティブでマイナスのことであると誤解されていますが、プラスもマイナスも両方を見るのがリスクです。この「リスクはボラティリティである」という考え方がファイナンスの基本中の基本。すべてのファイナンス理論はここをベースに組み立てられていますから、この大前提を理解することがファイナンスを理解することにつながります。

        参考:リスクと期待リターンのイメージ

田中 おっしゃるとおりですね。

岩田 このファイナンス理論の基本は、いろんなビジネスだけでなく、日常の生活においても生かせる考え方だと思っています。ファイナンスに限らず人生のエッセンスといえるでしょう。だから、ファイナンスの教科書はおもしろかったですね。ただ、ある時点を過ぎてくると、結構ややこしくなってきます。そこから先は、そんなに役に立つとは思えませんでした。

ビジネススクールの知識はそのまま実務に生かせた

田中 ビジネススクールから現場に戻ってからは、勉強したことが生かせましたか? 

岩田 もともと私は購買畑だったのですが、帰国後に社内公募制度を使って財務部門に移り資金調達に関わることになりました。普通は逆のパターンはあっても途中で財務部門に異動するのは、珍しいパターンでしたね。余談になりますが、社会人になりたての若い頃、大企業の課長とかになると、窓際のひな壇に席があって、出社したら庶務の人にお茶を入れてもらって、朝から新聞を読んでのんびりしているという牧歌的な風景をイメージしていました。それがもうすごく憧れだったんです(笑)。それが財務部門に移ったら、まさに仕事だから、課長でなくも日経新聞や産業新聞などを堂々と読める。会社の就業時間内に新聞が読めるという憧れが実現できて、すごくうれしかった記憶がありますね。

田中 いまお聞きするとずいぶん意外ですね(笑)

岩田 まじめな話もすると、当時は、日産にはグループ全体で3兆円の有利子負債がありましたから、財務部では非常にダイナミックな仕事ができました。その中で600億円の社債調達があったり、想定元本3000億円の金利スワップがあったり。それから、格付け機関との交渉など、コーポレートファイナンスに関する戦略はひととおり全部やりました。会社の規模も大きいから、とても楽しかったですね。そういう意味では、ビジネススクールで勉強したことを存分に生かすことができました。
 当時は海外のMBAを持っている人たちもそんなに多くなかったので、自分の知識は取引銀行のバンカーと比べてもそん色ないくらいのレベルだったと思います。
 ただ、当時は今よりも銀行中心の間接金融の時代ですから、銀行との交渉や取引が多かったです。金利のスワップ取引でも、毎日銀行と電話して、だいたい良いレートを持ってくるのはA銀行なんですが、A銀行はメイン銀行ではないから、そちらとの交渉材料に使わせてもらう、とかですね(笑)。

保田 率直なお話をありがとうございます(笑)。ネット・プレゼント・バリュー(正味現在価値)といったファイナンスの概念も日産での実務では使われましたか?

岩田 ネット・プレゼント・バリューの考え方もやはりビジネスパーソンならば誰でも知っておかないといけませんね。あとは、アセット・ライアビリティ・マネージメント、いわゆるALMですよね。バランスシートの左(資産)と右(負債と資本)について、できるだけ流動部分と固定部分をバランスさせるような形がいいとビジネススクールで学んだので、そういうことは意識しながら財務戦略の提案を経営陣にしていました。

保田 経営陣とのやり取りはどのようなものでしたか?

岩田 私は、2年弱財務部門にいたんですが、その間、毎月一度、CFOと意見交換をしていました。私は金利担当だったのですが、金利の見通しやアメリカの景気見通しなどについて説明するわけです。こういう地道な活動を通じてCFOの信頼を得ていきました。これは経営陣へのプレゼンテーションではありましたが、むしろ、自分にとって非常に勉強になりました。日産の財務部門では本当におもしろい仕事ができたと感じています。

田中 岩田さんは、ビジネススクールで学んだことを実際の現場で生かすことができたという充実感を味わえたわけですね?

岩田 本当にそうですね。