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「セカンドキャリア」の覚悟

技術という「キャリアの一本道」をゆく
生涯現役エンジニアの仕事マインドに学ぶ

河合起季
【第6回】 2014年2月20日
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技術で一生食べていく!
“プロエンジニア”を天職に決めたサラリーマン

 サラリーマンの場合、一般に年齢を重ねるとともに昇進して管理者になり、マネジメントが主な仕事になる。その後は取締役になる一部の人を除き、50歳前後で役職から退く。そして、定年を間近に控えた頃、切実な“再就職”問題に直面することになるわけだ。

 このとき、マネジメント経験が長い人ほど、「あなたは何の専門家ですか?」と問われても答えられないことが多い。若い頃は第一線で活躍していたとしても、身につけたスキルはすっかり陳腐化。そこにいるのは、ビジネスの進歩に取り残された自分だ。

現在はメイテックキャストで派遣エンジニアとして働く加藤康晴さん Photo:DOL

 だがここに、知識と技術を武器に派遣会社で定年まで勤め上げた1人のサラリーマンがいる。機械系エンジニアの加藤康晴さん(62歳)だ。“生涯プロエンジニア”として生きることを選んだ彼は、いったいどんなサラリーマン人生を送ってきたのだろうか。そのストーリーをひもといてみよう。

 加藤さんの職歴は、工業高校卒業後に就職した大手電機メーカーから始まる。配属されたのは原子力発電部門。当時の最先端技術を用いた「沸騰水型核燃料の設計」に携わった。周りは大学院を出たようなエンジニアばかりで、「自分も大学に行って知識を身につけないと、とてもついていけない」ことをすぐに痛感したという。そこで2年で退職し、大学の機械工学科で学び直した。

 ところが、あいにく卒業の頃は不景気のまっただ中。「なかなかいい勤め先が見つからず、小さな派遣会社に入ったんですね。ここでは、大手造船会社で『使用済核燃料輸送容器の設計』を担当しました」。結局、これが“プロエンジニア”としてのスタートとなることに。そして5年5ヵ月勤めた後、33歳のときにエンジニア派遣の大手、メイテックに転職した。

 それにしても、配属先企業を渡り歩く「派遣」という形態に不安はなかったのだろうか。

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「セカンドキャリア」の覚悟

いずれ定年退職を迎える40代、50代のサラリーマンは、会社を出た後、何を目標に働き、どう社会とつながっていけばいいのか。「セカンドキャリア」の作り方をはじめ、会社の外に出て働き、生きることの意味を、各方面の専門家に取材しながら明らかにしていく。

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