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大震災3年目の「今」を問う

原発事故からの復興の現実と国民の「不理解」
――佐藤彰彦・福島大学うつくしまふくしま未来支援センター 特任准教授

佐藤彰彦[福島大学うつくしまふくしま未来支援センター特任准教授]
【第8回】 2014年4月11日
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さとう・あきひこ
1964年生まれ。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程。福島大学うつくしまふくしま未来支援センター、地域復興支援部門特任准教授。専攻は総合社会科学(地域社会学)。共著に『「辺境」からはじまる』『「原発避難」論』(ともに明石書店)ほか。

 東日本大震災とそれに伴う東京電力福島第一原子力発電所(以下「原発」)の事故からすでに3年以上が経過したいま、世間では福島県やその他の地域から避難を余儀なくされた人々や原発被災地域の現状について、どのように捉えられているのだろうか。

 本稿では原発事故被災地域ならびに被災者にとっての復興の現実を、被災当事者をも含むさまざまな立場の人たちの「不理解」というキーワードから考えてみたい。

 この「不理解」という状況はあまりに多くの場面で生じ、かつ、それら相互が複雑に重なり、絡み合っているので、そのすべてを説明することはできないが、以下にその一端を示すことで、原発被災地域や避難者を取り巻く復興の現実が垣間見られるだろう。

 そして、そこに介在する「不理解」を解消していくことこそが、恐らくは被災地の復興と被災者の生活再建の一助となるはずである。

4年目の今も続く
被災、被害、避難

 まずは、原発事故に伴う避難状況を概観しておこう。2014年4月現在、福島県からは約14万人弱の人たちが県内外で避難生活を送っている。その内訳は、主として公的な避難指示にもとづき避難を余儀なくされた「強制避難者」、避難指示には拠らないが、放射能汚染に対する不安等から3.11以前の居住地の外へ避難している「区域外避難者」である。

 後者は一般に「自主避難者」と呼ばれることが多いが、原発事故ならびにそれに伴う放射能汚染のリスクを回避するため、やむなく避難を決断したという意味において、本稿では「区域外避難者」という。

 さらに、広野町や川内村のように事故前後の時期に行政主導により避難したのち、避難指示が解除された地域からの避難者、加えて、特定避難勧奨地点や避難指示解除準備区域に指定されたのち、避難指示が解除された伊達市の一部と田村市の一部からの避難者がいる。

 もともと「強制避難者」であった彼らは現在、「区域外避難者」と位置づけられ、避難指示解除後の一定期間ののち、賠償打ち切りの対象となる(一部の地域についてはすでに打ち切られている)。

 最後にもうひとつ付け加えておく必要がある。それは日常生活のなかでさまざまな制限を強いられている「生活内避難者」という人たちの存在だ。福島県内を中心に県外でも比較的高い放射能汚染が生じた地域では、飲食物や(子どもの)行動範囲に配慮するなど、地域にとどまりながらも日常生活が平常に行われていない。こうした状況も避難が行われていると考えるべきだろう。避難指示が解除されたのち、自分の意に反して避難元地域で生活せざるを得なくなった人たちもこの分類に入る。

 このように整理すると、原発事故に伴う避難者の数は膨大なものとなる。今も、被災、被害、避難は継続中なのである。ところが、被災している当事者たちは、世間との温度差を感じている。

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