イェール大学でPh.D.(博士号)を取得した脳神経科学者であり、マッキンゼーのコンサルタントとして活躍し、現在はヤフー株式会社でCSO(チーフストラテジーオフィサー)を務める安宅和人氏。そして、ベンチャー企業の経営者からマッキンゼーのコンサルタントを経て、オックスフォード大学でPh.D.を取得し、現在は立命館大学経営学部准教授として教鞭を執る琴坂将広氏。
マッキンゼー時代をともにし、それぞれの専門領域を超えて活躍する安宅氏と琴坂氏が、さまざまなトピックについて語る特別対談。今回が最終回。

脳神経科学者の知見は2つのことに役立つ

琴坂 『領域を超える経営学』(ダイヤモンド社)の中では、脳科学の方法を使って戦略を考える、戦略的な意思決定をしている人間を分析するといったことをやろうとしている研究者を紹介しました。安宅さんは脳科学を学ばれていますが、それは安宅さんの実務にどんな影響を与えていると思いますか?

安宅 僕が脳科学に詳しいことが何かに役立っている可能性があるとしたら、2つあると思っています。その2つの1つ目として、マーケティング的事象というのは、脳の知覚事象として理解しやすいということがあります。

 僕は、もともと人間のperception(物の見方)に興味があるんだよね。同じことを体験しても、人は1人ひとりなぜ違うように感じるのか。そういう意味で、たまたま入ったマッキンゼーで、perception technology(知覚の技術)とも言えるようなマーケティングに出合って、その関心が実務につながったんです。

琴坂 脳がどういうふうに動いているかという理解から、マーケティングに対するインサイトが出てくるということですね。

安宅 はい。脳の知覚事象として理解すると、なんでこういうときにはこうで、逆にああいうときにダメなんだろうということが理解しやすい。多くの人は、あんまりそういうふうに人間の行動を見ていないから、僕は影響を受けていると言えると思う。

琴坂 何か具体例はありますか?

安宅 ものすごく簡単な事例で言うとね、広告のGRP(延べ視聴率)と認知の関係を見ると、だいたい1週間で400~500GRPを超さないと目に見える認知の向上が起きない。非常に不可解だけど、だいたい、どうデータを取ってもそうなります。

琴坂 科学的に示せるわけですね。

安宅 少なくとも実証的には示せる。なぜか認知が上がる閾値があるんですよ。クリエイティブの良し悪しに関係なく。ある露出量を超さなければいけない。

琴坂 その関係を説明するとき、脳の構造がそういうものだからと考えるとわかりやすい。

安宅 そう、脳の神経系の構造を考えるとわかりやすい。理論的にこうでないとおかしい、という結論が出ますから。どういう状況、情報に対して認知が上がりやすいかは、多くは脳の神経の活動パターン、回路特性から理解できます。単純なんですけど、なんとなく経験値に思われていることが、神経の構造的な裏づけに基づいていることは、感覚的にも、理論的にも説明できることが多い。