ビッグデータの処理は脳のメカニズムと同じ構造

安宅 もう1つは、ついこの間まで、僕はYahoo! JAPAN全社のデータ系の責任者でもありましたが、最近のバズワードになっているビッグデータのデータ処理は、神経科学と本質的に近しいのでとても理解しやすい。

琴坂 それは、どういうことですか?

安宅 脳神経系における情報処理というのは、驚くべき素朴な事実があるわけです。情報が入ってきて、脳に行き、各種のつなぎ合わせがいろいろありますけど、結局はそれが出て行って筋肉の動きなどのアウトプットにつながるという事実。

 神経は3種類しかなくて、インプットをするニューロンと、介在するニューロンと、アウトプットを出すニューロンの3つです。これが情報処理であり、思考することの本質であるということを脳、神経系の構造が示しています。

琴坂 なるほど。

安宅 これはコンピュータのデータ処理も同じなんです。何百、何千、何億個あろうと同じ。ビッグデータが2年くらい前に大騒ぎになったときに、いろいろなところで話してくれと言われて話をしたんですけど、こういうことですよねと言ったら、多くの参加者は驚いていました。あまりにも枠組みが単純だからね。

 われわれがデータでやることも一緒です。入ってきた情報を画像処理して、イメージプロセシングや言語のプロセシングのように、種類ごとの処理を行うわけですよ。脳であれば、ぱっと目で見たとき、動きを処理して、ベクトルの向きを処理して、濃淡を処理して……属性ごとに一気に統合して処理をする。脳の神経と同じことが人間全体でも起こっているという類推は容易ですし、実際にかなり近いです。

琴坂 その人間の集合体が組織なんですよね。

安宅 そうですね。このあたりのデータ系の話を理解するのに最も大事なことは、インプットとプロセシングとアウトプットしかないという単純な理解が頭に入っているかどうかなんですよ。こういう基本的な理解がないままデータ処理問題に立ち向かっても、本質がどうしてもズレていってしまう。

琴坂 突き詰めれば、人間がやっていることであり、人間の仕組みは神経からできるものだと。ならば、その神経の働きを理解することで、これまで狭い領域でしか議論されなかったデータの意味が、より深く見えてきますね。

安宅 そう思う。基本的なことを理解したうえで、そのデータの意味を考えるからね。

琴坂『領域を超える経営学』の中では考古学の話をしています。たとえば、メソポタミア文明やエシュヌンナ法典の話をしています。なぜそこまで遡るのかというと、まさに脳神経ではありませんが、より国際経営がシンプルだった時代に遡ることで、より根源的に経営という行為を考えることができる、と私が考えているからです。その基本的なことというのは、国際経営の場合、商いであり、モノの移動なのです。

「多国籍企業」「グローバル経営」という言葉によって、難しいことを難しいまま捉えようとしているけど、その原理は結構シンプルなんです。ただ、シンプルなものが重なり合っているからこそ、本質が見えなくなっていると思うんですよね。体系的な理解が進んでいない。脳神経の知見を使うともっと深いメカニズムに理解がつながっていくように、国際経営も太古の時代に遡ることで、ファンダメンタルが見えてくると考えています。

安宅 たしかに、基本的なことをしっかりと抑えれば、全体も理解しやすいと思う。ビッグデータの世界も、実際のところ、体系的な理解が進んでいないんじゃないかな。

琴坂 いまはまだ経営に活かされていない学問の知見は、もっと活かされるべきだと感じています。安宅さんは、博士号まで取るような脳科学の知見を、実務の最先端に活かされていますよね。

安宅 活かせているのかはわからないけど、少なくともデータ部隊は僕の話を聞いてくれます(笑)。