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ニッポン 食の遺餐探訪

日本3大発明の1つ「亀の子たわし」が
100年間も愛され続ける理由

樋口直哉 [小説家・料理人]
【第18回】 2014年5月7日
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西尾商店の『亀の子たわし』

 『亀の子たわし』は調理器具を洗う時、欠かせない道具である。

 例えば木べらを洗うときは木目にそって、たわしを動かす。あるいはまな板には包丁によって細かいキズがついているので、そのなかの汚れをかき出すためにたわしが必要だ。

 個人的な話をすると『亀の子たわし』を僕が改めて見なおしたのは、農園から直接野菜を送ってもらうようになってからだった。野菜は鮮度を落とさないために、泥で湿度を保っている。その泥を落とすときに、『亀の子たわし』が非常に役に立つ。

 使っていてあまりにもきれいに土が落ちるので気持ちいいくらいなのだけど、そのあたりの感覚は海外の人も同じみたいだ。

 試しにamazon.com(アメリカのAmazonですね)で「japanese tawashi(kamenoko)」を検索すると、様々なレビューが読めるのだが「Amazing(すごい!)」や「Great scrubber(すごいスクレーバー)」と絶賛されている。野菜を洗うのに、あるいは鋳鉄のフライパンを洗うのに重宝されているようだ。

 考えてみれば「亀の子たわし」は純日本生まれ、この形のものは海外にはない。それに当連載で扱うテーマのなかで最もポピュラーなものではあるが、意外と「コアユーザーが料理人」だと知らない人も多いのではないだろうか。

 高品質の日常品を工業的に生産し、低価格で普及させるというあたりにも、日本人らしい〈なにか〉が潜んでいるのではないか、という仮説を立てて、詳しいお話を伺いたいと、年間何百万個と『亀の子たわし』を製造している西尾商店に連絡を入れ「どのようにつくっているのか」と質問してみた。

 対応していただいた広報の石井さんから頂いた答えに驚いた。

 「工業的? いいえ、亀の子たわしは刈り揃える工程をのぞき、現在でもすべて手作業でつくられています」

 年間何百万個と製造される『亀の子たわし』は機械的な工業生産品ではなく、人の手によってつくられていたのだ。

なぜ「たわし」が“亀”になったのか?
『亀の子たわし』誕生物語

西尾商店の本社は大正期に建てられた近代建築だ。関東大震災にも 耐え、戦火での消失も免れた建物もまたこの会社の息長さを物語る

 西尾商店の本社は北区滝野川の住宅街のなかにある。

 大正期に建てられた近代建築で、創業100年を超える企業に相応しい趣のある社屋を今も守っている。お話を伺った会議室には黒板があって、社内にはどことなく学校のような雰囲気が漂っていた。

 「『亀の子たわし』が当社の登録商標だと知らない方も多いんです。なので、よその商品でたまにこちらの名前をつけられている商品を見つけると、メールで『うちのですよ』とやらなければならない。面倒ですけど、しょうがないです」

 広報の石井さんとともに取材に対応してくださったマーケティング部の鈴木さんは言う。

 「ところで『亀の子たわし』の成り立ちはご存じですか?」

 というわけで鈴木さんによる『亀の子たわし』誕生物語である。

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樋口直哉 [小説家・料理人]

1981年生まれ。服部栄養専門学校卒。料理人として活動する傍ら、2005年、『さよならアメリカ』で群像新人文学賞を受賞し、小説家としてデビュー。ほかの作品に『月とアルマジロ』(講談社)、『大人ドロップ』(小学館)、『星空の下のひなた。』(光文社)、『ヒマワリのキス』(徳間書店)、『アクアノートとクラゲの涙』(メディアファクトリー)がある。

 


ニッポン 食の遺餐探訪

和食を世界遺産に、という動きが農林水産省を中心にはじまっている。日本料理はここ十年余りの世界的な流行になり、外国の料理人の多くも関心を持っていて、誰もがそれを理解しようとしている。しかし、当の日本人の多くは日本料理を理解できていないのではないか。そこでこの連載では、日本の食を支えている道具や食材をつくっている生産者、職人を訪れて、私たち日本人が知らない日本の“食の遺餐”を紹介していく。 

「ニッポン 食の遺餐探訪」

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