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「セカンドキャリア」の覚悟

「脱サラ農業」は甘くない。
でも、どんな仕事よりクリエイティブ!

河合起季
【第8回】 2014年5月20日
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「都会を脱出、大自然の懐で農業」は、
サラリーマンのあこがれ

広告代理店の営業職から、全く未経験の農業の世界に飛び込んだ宮下仁さん(46歳) Photo:DOL

 脱サラで、あるいは定年後に、「田舎で畑を耕しながらスローライフを満喫したい!」なんて漠然と夢見たことのあるサラリーマンは多いだろう。しかし、実際に行動に移す人は少ない。いざ現実に立ち返れば、農業の経験や知識がない、資金もない、地域の人とうまくやれるか、家族が賛成してくれないなど、さまざまな問題や不安が立ちはだかるからだ。

 たしかに経験者からは「会社よりも付き合いが大変」「農地を貸してくれない」「無農薬栽培がやりたかったのに、周りの農家から反対された」「販路がない…」といった声も聞こえてくる。やはり世の中、それほど甘くはないようだ。

 そうした現実をものともせず、43歳の時に会社を辞めて農業の世界に果敢に飛び込んだのが、宮下仁さん(現在46歳)だ。サラリーマン時代は、東京の広告代理店で取締役に就き、営業を統括していたという。当時はまさに働き盛り。会社からすれば大きな損失だっただろうが、宮下さんに迷いはなかった。

 東京育ちで農業の経験も知識もまったくなかった彼の心に“農業への情熱”を芽生えさせたものとは一体何だったのだろうか。

“ぶっつけ本番”で農業の世界へ

 「じつは、友人から『長野の実家が作っている天然堆肥を商品化したい』という相談を受けたことから、農業について情報収集を始めたのが興味を持つきっかけでした。天然堆肥の販売をサポートしているうちに、就農者の方と知り合ったりして、本当においしい野菜がどんなものかとか、土の改良から始める無農薬有機栽培の面白さ、一方で農薬を使い続ける今の農業が抱える問題などを知るようになったんですね。

 そして、私には現在小学5年の息子がいるんですが、彼らの世代に残せるような仕事がしたいという思いが徐々に強くなっていきました」

 一度スイッチが入ると何があってもやらないと気が済まなくなるタイプという宮下さんは、さっそく就農活動を開始。まずは下準備として1、2年研修を受けたいと思い、新規就農相談センターに行ってみると、「あなたの年齢だと国からの補助は受けられない。本当にやりたいなら、飛び込んじゃったほうがいい」と言われたという。

 そこで、仕事で付き合いのあった、栃木県真岡市で無農薬有機栽培を手がける「大地の恵ファーム」に相談すると、運よく地主から休耕農地1反(約300坪)を借りられることに。「天然堆肥を商品化したい」という相談を受けてから3年、2013年7月に真岡市に移住し、まさに“ぶっつけ本番“で農業を始めたのだ。

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いずれ定年退職を迎える40代、50代のサラリーマンは、会社を出た後、何を目標に働き、どう社会とつながっていけばいいのか。「セカンドキャリア」の作り方をはじめ、会社の外に出て働き、生きることの意味を、各方面の専門家に取材しながら明らかにしていく。

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