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莫邦富の中国ビジネスおどろき新発見

様変わりの中国住宅事情
バブル崩壊間近でも文教地区の価格は高騰

莫 邦富 [作家・ジャーナリスト]
【第207回】 2014年5月22日
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住宅の確保すら難しかった時代

 私事だが、妻とは8年間も恋愛をしてようやく結婚できた。しかし、大恋愛のために長い年月がかかったのではなく、愛の巣を作る場所がなかったからだ。三十数年前の当時の中国は深刻な住宅難に襲われていた。その深刻さを語りだすと、今の中国の若者からは、嘘だろうと言われてしまいそうだ。日本で出版された私の最初の本(もちろん日本語)は、『独生子女(ひとりっこ)』(河出書房新社、1992年)である。その中に、当時の住宅難に触れた個所があるので、引用したい。

 「1987年6月、北京第5コンピュータ部品工場では、工場の従業員も驚くほどの計算がなされた。現在の社宅配分速度で従業員に住宅を割り当てていった場合は、20代の青年労働者は、今後73年待たないと社宅に入れない」

 分譲住宅などがなく、社宅という形でしか家を確保できなかった当時の中国では、都市労働者にとって社宅が得られないということは、生活空間を持てないということを意味していた。

 しかし、北京の住宅事情は当時の中国では最悪ではなかった。一番悪かったのは上海だった。たとえば、「1987年に結婚した夫婦のうち、9800組は住むところがない。結婚したけれども愛の巣を持てない家庭が累計40万世帯もあるといわれている」

 結婚しようにも、愛の巣を作る場所がなかった私と妻の困窮ぶりを見て、姉妹2人の部屋を空けてくれたのが、この間、私が関西旅行に案内した従妹だった。こうして私は1981年にようやく結婚できた。結婚したのを見て、当時勤めていた上海外国語大学はあまりにも立場がなくなったので、その1年後、集団住宅の一室を割り当ててくれた。こうして私たち夫婦ははじめて子どもを産む物理的な空間を確保できた。

 住むところの確保に苦しんだこうした苦い経験があったから、私は住宅の確保に執念深いと言われても仕方ないほど高い意欲をもっていた。日本に移住してから、数十万人もの新華僑のなかで、私はおそらく最初に住宅を購入した5人の中の1人だと思う。

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莫邦富(モー・バンフ) [作家・ジャーナリスト]

1953年、上海市生まれ。85年に来日。『蛇頭』、『「中国全省を読む」事典』、翻訳書『ノーと言える中国』がベストセラーに。そのほかにも『日中はなぜわかり合えないのか』、『これは私が愛した日本なのか』、『新華僑』、『鯛と羊』など著書多数。


莫邦富の中国ビジネスおどろき新発見

地方都市の勃興、ものづくりの精度向上、環境や社会貢献への関心の高まり…中国は今大きく変わりつつある。先入観を引きずったままだと、日本企業はどんどん中国市場から脱落しかねない。色眼鏡を外し、中国ビジネスの変化に改めて目を凝らす必要がある。道案内人は日中を行き来する中国人作家・ジャーナリストの莫邦富氏。日本ではあまり報道されない「今は小さくとも大きな潮流となりうる」新発見を毎週お届けしよう。

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