相手の目的も背景もわからないなかで、しつこいクレーマーと向き合うのは、非常にストレスを感じるもの。しかし、ここで対応のしかたを誤ると泥沼に突入する危険がある。ゴネ得を狙うクレーマーに対処する実践テクニックをケースを紹介しながら伝授する。

「この際、思い切って吹っかけてやろう」

「なんだか、腹の調子が悪いな」

 柴田浩二は、トイレに駆け込んだ。

〈どうして、下痢なんかになったんだ! チキショー〉

 柴田はムシャクシャしていた。家族で切り盛りしている工務店の経営が行き詰まっていたからだ。

 ため息をついて、ふとキッチンに目をやると、ロールケーキの包装紙がテーブルにある。前日、ターミナル駅の商店街で、妻と2人の子どもの分を合わせて4人分のロールケーキを買っていた。

〈もしかして……〉

 柴田は包装紙を調べてみた。すると、うっすらとカビのようなものが付着している。

 確証はないが、ロールケーキが原因で下痢になったとしたら、ひどい話だ。文句のひとつも言ってやらなければ、それこそ腹の虫がおさまらない。

「おい、腹が痛くないか?」

 柴田は妻や子どもに聞いてみた。

「なんともない」
「ちょっとヘンかな」

 どうもはっきりしない。そこに、知り合いの弁護士から電話が入った。用件はたいしたことではなかったが、話のついでにこう尋ねた。

「もし、外食で食中毒を起こしたら、その補償はいくらぐらいになる?」
「どうして、そんなことを聞くんですか?」
「別にどうこうというわけじゃない。参考までに知っておきたいだけだ」
「そうですか。一概には言えませんが、重症の場合、治療費と賠償金を合わせれば、結構な金額になります。十数万円といったところじゃないですかね」

 柴田は受話器を置くと、電卓を叩いた。

「一人15万円として、4人で60万円か」

 柴田はゆがんだ表情を見せた。