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ニッポン 食の遺餐探訪

なぜ外国人シェフは「日本の包丁」に惚れ込むのか

樋口直哉 [小説家・料理人]
【第19回】 2014年6月4日
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 包丁は外から見ただけではこれをが誰がつくり、どのような道をたどって手元にきたのか、わかりづらい商品だ。別のところで聞いた話だが、外国で製造したものを堺市で刃付けだけおこなっている、というケースもあるという。包丁メーカーの銘柄は切られているが、それだけではどこの誰の手を渡ってつくられたものかわからない。どのような経緯でこのような形になったのか? 僕が理解した範囲では慣習として思えず、詳しいことはわからない。包丁の流通は──あくまで僕の目から見ればということだが──不思議だ。

機械のように正確な職人の目が
炎の色で鉄の温度を見抜く

明治創業の池田刃物製作所は住宅街のなかにある。市内各所に小さな事業者が点在していることも、堺の包丁作りの特徴

 製造現場を専務の信田尚男さんに案内していただいた。専務の信田尚男さんの案内で訪れたのは池田刃物製作所。池田さんは、ここで『鍛冶』の工程、刃付け前の本体部分をつくっている。

 鍛冶の工程は11あまりにわかれているが、材料としてはすべて鋼でつくられている『本焼き』と軟鉄に鋼をあわせ『あわせ』の二種類に分類できる。当然、『本焼き』のほうが高価だ。

池田さんがハンマーを下ろすと、火花が散る。燃料はガスを使っているが、昔ながらコークスのほうが温度調整はし易い、とのこと。ただしコストがかかるそうだ

 今回はあわせの包丁をつくっているところを見せていただく。釜の炎で工場は熱に満ちている。ハンマーで叩くたびに、火花が散る。あわせは硬い金属と柔らかい金属を接合する日本独特の技術だ。

 刃物は硬いほうが切れ味が良い。しかし、硬いということは脆さと背中合わせだ。あわせというのはそこに柔らかい金属をつなぎ合わせることで、その弱点を補い、刃先を鋭くしながらも、折れたり割れにくくする、という技術なのである。この作り方は不思議なことに諸外国では見られない。

 「温度が重要、熱くなりすぎると刃が駄目になってしまう。かといって、温度が低すぎると硬くならへん」

──その温度はどうやって見分けるんですか?

 「色やね。炎の色や。本焼きとあわせでは温度が違うんやけど、色で800度なのか1000度なのか、見ればわかる。あわせは900度ではひっつかない。1100度になると、鈍ら(なまくら)になってしまう。950度から1050度のあいだで叩いて、2つの金属をくっつけるわけや」

 目で見ることが必要なのは、炉の温度は計ることがわかっても、入れている鉄の温度ははかれないからだ。温度計で判断していたのでは「鉄は熱いうちに打て」の言葉通り、機を逃してしまう。

 「困るのは、ぼくは時間があるときは日本刀もつくるんやけど、あれは材料が玉鋼やさかい、全然違うねん。だから、一度日本刀をやってしまうと、目が戻るのに少し時間がかかる。その時は調整が必要なんよ」

 別のものをつくった後には、パソコンのモニターのキャリブレーション(色調整)のような作業が必要とは思わなかった。それほど職人の目は機械のように正確に温度を見極める。池田さんは十度単位で温度を見極めることができるそうだ。

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樋口直哉 [小説家・料理人]

1981年生まれ。服部栄養専門学校卒。料理人として活動する傍ら、2005年、『さよならアメリカ』で群像新人文学賞を受賞し、小説家としてデビュー。ほかの作品に『月とアルマジロ』(講談社)、『大人ドロップ』(小学館)、『星空の下のひなた。』(光文社)、『ヒマワリのキス』(徳間書店)、『アクアノートとクラゲの涙』(メディアファクトリー)がある。

 


ニッポン 食の遺餐探訪

和食を世界遺産に、という動きが農林水産省を中心にはじまっている。日本料理はここ十年余りの世界的な流行になり、外国の料理人の多くも関心を持っていて、誰もがそれを理解しようとしている。しかし、当の日本人の多くは日本料理を理解できていないのではないか。そこでこの連載では、日本の食を支えている道具や食材をつくっている生産者、職人を訪れて、私たち日本人が知らない日本の“食の遺餐”を紹介していく。 

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