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野中郁次郎のリーダーシップ論 ― 史上最大の決断

もしノルマンディー上陸作戦が
1年早く敢行されていたら

野中郁次郎 [一橋大学名誉教授]
【第3回】 2014年6月13日
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「歴史にif(もし)はない」と言われるが、実はifを考えることによって、われわれは当時の人々が下した決断のプロセスをより深く理解し未来創造のための教訓を得ることができる。そこで今回は、ノルマンディー上陸作戦における3つのifを検討してみたい。

ノルマンディー上陸作戦における
3つのif

 「歴史にif(もし)はない」とよく言われる。はたして本当だろうか。

一橋大学名誉教授 野中郁次郎

 「if」を持ち込んで、「こうだったら、こうすればよかったのに」と未練がましく過去を後悔するだけなら止めたほうがいい。しかし、「もしこうだったら、こうなったかもしれない」という異なる未来の可能性を検討するならば、当時の人々が下した決断のプロセスをより深く理解することができるので、どんどんやるべきだ。

 その場合のifは、過去の事実から未来創造のための教訓を示唆するものとなる。歴史は単なる過去の事実の羅列ではなく、歴史家の独自の視点で選び出した歴史の事実同士の関係性に、歴史家が意味を見出す物語りなのである。歴史家と言っているが、それは読者自身のことでもある。

 そしてここが重要なのだが、歴史から教訓を得るには、史実の背後にある関係性を洞察する力が不可欠である。「歴史のif」、すなわち、史実に基づくシミュレーションは、その力を養う最良の方法だ。そこで今回は、ノルマンディー上陸作戦における3つのifを挙げてみたい。

 第1は、ノルマンディー上陸作戦が前年の1943年に行われていたら、というifである。

野中教授の書棚は『D-DAY』『電撃戦』などノルマンディー関連の文献で埋め尽くされている。

 この「if」は、戦史研究家ハロルド・C・ドイッチェらが詳細に論じている。43年の状況を整理すると、まず、連合軍は大陸侵攻を実行するだけの戦力を十分に持っていた。特にアメリカ陸軍は、43年8月の時点で戦力が頂点に達していた。連合軍の唯一のアキレス腱は輸送能力だったが、護衛空母の働きによってドイツ軍のUボートは輸送海域から駆逐されていたため、大きな問題とならないはずだった。

 一方、43年にノルマンディーを守っていたドイツ軍は、まだまだ貧弱だった。44年にロンメルによって構築された強固な防衛線も43年には存在していなかった。しかも、43年当時、ドイツ軍は東部戦線におけるソ連の反攻阻止と地中海の防衛に手を取られており、連合軍がノルマンディーに上陸したとしても十分な援軍は派遣できなかっただろう。

 こうしたことから、連合軍は上陸さえできれば、橋頭堡を迅速に構築でき、ドイツ軍の防衛線も容易に突破できた、とドイッチェらは考察するのである。

 こうして、連合軍はノルマンディー地区をやすやすと突破し、ソ連軍より先にエルベ川に達し、ベルリンは連合軍によって占領されていただろう。そして、44年春にはドイツは降伏していただろう。しかし、実際には、ベルリンはソ連軍が占領し、ドイツが降伏したのは45年5月であった。

 もしこのifが現実になっていたら、1945年1年間に奪われた戦争犠牲者の命が助かっただろうし、戦後のソ連の勢力図も違ったものになっていただろう。ドイッチェらのifが示唆するのは、ノルマンディー上陸作戦の敢行を渋り、ワニの腹から攻める間接戦略(*1)にこだわったチャーチルは判断ミスを犯していたかもしれないということである。

*1 ワニとは枢軸軍のこと。その柔らかい腹とは、イタリアとバルカン半島を指し、そこが枢軸軍の弱点であるとチャーチルは見なしていた。大英帝国にとって、エジプトからインドへ至る航路は生命線である。バルカン半島を勢力下に置き、地中海を制することは、生命線の維持のためにも大切であり、戦後構想を描く上でも重大な問題であった。

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野中郁次郎 [一橋大学名誉教授]

1935年東京生まれ。早稲田大学特命教授。58年早稲田大学政治経済学部卒業後、富士電機勤務を経て、カルフォルニア大学バークレー校経営大学院博士課程修了(Ph.D)。南山大学、防衛大学校、一橋大学、北陸先端科学技術大学院大学、一橋大学大学院国際企業戦略研究科で教鞭を執る。紫綬褒章、瑞宝中綬章受章。知識創造理論の提唱者であり、ナレッジ・マネジメントの世界的権威として、米経済紙による「最も影響力のあるビジネス思想家トップ20」でアジアから唯一選出された。さらに2013年11月には最も影響力のある経営思想家50人を選ぶThinkers50のLifetime Achievement Award(生涯業績賞、功労賞)を受賞。近年は企業経営にとどまらず、地域コミュニティから国家までさまざまな組織レベルでのリーダーシップや経営のあり方にも研究の場を広げている。主な著作に、『失敗の本質』(ダイヤモンド社)、『アメリカ海兵隊』(中央公論新社)、『知識創造企業』(東洋経済新報社)など。

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野中郁次郎のリーダーシップ論 ― 史上最大の決断

『失敗の本質』から30年。経営学の世界的権威・野中郁次郎が、リーダーシップ研究の集大成の対象に選んだのは、「凡人たる非凡人」にして第2次大戦の活路を拓いた連合軍最高指揮官アイゼンハワー。「史上最大の作戦」で発揮された意思決定(Judgement)の本質を説く。

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