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早稲田大学ビジネススクールの教授陣がおくる「早稲田大学ビジネススクール経営講座」。3人目にご登場いただくのは、技術経営が専門の長内厚准教授だ。日本の家電メーカーは、技術力で勝っていると言われるが、なぜアップルや新興国メーカーに勝てないのか。全3回にわたって考える。
日本企業の問題は過去のラッキーによる「戦略不在」
日本の家電メーカーは21世紀初頭をピークに衰退の一途をたどっている。筆者は、戦略論研究者として、このことを当然の帰結として捉えている。しかし、それはよく言われる「新興国の技術力が高まれば、労働生産性の高い新興国メーカーが有利になり、必然的に先進国の産業は衰退する」という法則性によるものではない。経営戦略を考える上で重要なのは、同じ事象は二度と起きないというコンティンジェンシー的に事象を捉えることである。単純に過去の成功事例をトレースすれば上手くいくというものでもなく、失敗のプロセスもまちまちである。
社会はもっと複雑であり、経路依存的であり、場面特殊的である。同じ現象がまた繰り返されることはまずない。ではなぜ、日本の家電メーカーの衰退が当然の帰結と考えられてしまうのか。それは直面している戦略的課題が、優秀な経営者でも頭を抱えるような難しい状況に対応するものだからではない。これまで全く戦略というものが不要であり、そもそも戦略がなかったからである。神戸大学の三品和広教授は「戦略不全」という言葉を用いたが、筆者は、日本の家電メーカーについていえば、「戦略不在」であったと考える。それにも関わらず、なんとなく事業成果が得られてきたことが逆に「不幸」だったのではないか。
高い技術力を駆使して高機能・高性能を実現すれば上手くいってしまったのが、高度成長期以降の家電メーカーであった。家電製品において、技術、製品、価値という3者は極めてリニアな関係にあり、より高機能、高性能な製品が、より高い価値を持つというシンプルな関係性が成立していた。また、このシンプルな価値次元での技術競争が、日本企業のイノベーションを促進してきた。シャープとカシオ間の電卓開発競争や、ソニーと日本ビクター(現JVCケンウッド)・松下電器(現パナソニック)間のビデオ開発競争などは、互いに技術差を競うことで製品価値を高めるという競争環境(一橋大学の沼上幹教授や、WBSの浅羽茂教授らはこうした開発競争を「対話としての競争」と呼んでいる。)にあったが、こうした環境はむしろ特殊なケースと考えるべきである。