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めちゃくちゃわかるよ経済学 シュンペーターの冒険編

モラヴィアへ300年間の大移動

坪井賢一 [ダイヤモンド社論説委員]
【第3回】 2007年11月7日
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 シュンペーター家はドイツ人で、ドイツ語を話していた。ではなぜ、モラヴィア(現チェコ)にドイツ人のシュンペーター家が暮らしていたのだろうか。

 中世から近世へ、ドイツ人の東方殖民が続いた。ドイツの農業技術の向上によって人口が増加し、農地を求めた大移動である。中東欧のスラブ諸侯による殖民の要請もあった。その結果、中東欧に幅広く多数のドイツ人が住むようになったのである。多くの中東欧では地元のスラブ系民族とドイツ人が混在するようになっていた。12世紀に始まるのだから、700年から800年という時間を経た結果である。

 中央ヨーロッパの地理を頭に描いていただきたい。ドイツの西側の境界は南から北へ流れるライン川である。ライン川西岸をめぐる独仏の領有権争いは歴史上、何度も起きているが、それでも西側の境界は比較的わかりやすい。

 一方、ドイツの東側境界ではスラブ語族と混在しながら東方殖民が進み、20世紀半ばまで800年のあいだ、ドイツの東部境界はモザイクのように多民族が入り組んでいたのである。ちなみに、ドイツの南側には西から東へドナウ川が流れ、この大河の南方はローマ帝国の領地であった。

 ざっとドイツの地理がおわかりいただけただろうか。「ドイツ Deutsch」とは、もともとライン川東部で使われていた「民衆の言語」という意味である。英語では「チュートン Teuton」という。ドイツ語を話す諸部族が住む領域を「ドイツ」としたわけだ。

シュンペーター家は13世紀に
騎士から職人になった?

 さて、シュンペーター家である。長大な評伝を書いたロバート・ロアリング・アレン(元ミズーリ大学教授1921-91)によれば(注1)、シュンペーター家の祖は、13世紀に神聖ローマ帝国(962-1806)が初めてハプスブルク家によって君主の座を占められた時期までさかのぼれる。

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坪井賢一 [ダイヤモンド社論説委員]

1954年生まれ。78年早稲田大学政治経済学部卒業後、ダイヤモンド社入社。「週刊ダイヤモンド」編集長などを経て現職。著書に『複雑系の選択』『めちゃくちゃわかるよ!経済学』(ダイヤモンド社)『浦安図書館を支える人びと』(日本図書館協会)など。


めちゃくちゃわかるよ経済学 シュンペーターの冒険編

「経済成長の起動力は企業家によるイノベーションにある」とする独創的な理論を構築したシュンペーターの発想の冒険行を、100年前のウィーンから辿る知の旅行記。

「めちゃくちゃわかるよ経済学 シュンペーターの冒険編」

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