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『週刊ダイヤモンド』特別レポート

日本を捨てた「青色の職人」 中村修二
――知られざる日本の“異脳”たち(4)
(「週刊ダイヤモンド」2001年6月30日号連載)

岸 宣仁 [経済ジャーナリスト]
2014年10月24日
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青色発光ダイオード(LED)の発明と製品化で、日本人3人の受賞が決まった今年のノーベル物理学賞。本誌では2001年6月、受賞者の1人で米国に渡っていた中村修二・カリフォルニア大学サンタバーバラ校教授に肉迫する連載企画を4回に分けてお届けした。経済ジャーナリスト岸宣仁氏の手によるもので、タイトルは「知られざる日本の“異脳”たち」。ここでは、連載最終回となる4回目(2001年6月16日号)の原稿を掲載する。1回目はこちら、2回目はこちら、3回目はこちら

「骨肉の争い」という言葉がある。親の遺産をめぐって兄弟同士が争う場合などに使われるのが一般的だが、それが一企業と元社員とのあいだで起こっている。青色発光ダイオード(LED)、青色レーザーの特許をめぐり、開発者である中村修二・カリフォルニア大学サンタバーバラ校(UCSB)教授と、かつての勤務先であり開発の舞台となった日亜化学工業(徳島県阿南市)とが火花を散らす特許訴訟は、まさに骨肉の争いの様相を強めている。

 争いの発端は一九九九年末、中村が日亜化学を退職する時にさかのぼる。暮れも押し詰まった一二月二七日に突然辞表を提出し、「明日から出てきません」と言って会社を辞めた経緯は第一回に紹介したが、日亜化学は退職金支払いの条件として、ある契約書にサインするよう求めた。その秘密保持契約書には「窒化ガリウムに関する研究を今後三年間してはならない」「窒化ガリウムに関する特許申請を今後三年間してはならない」など、一〇項目近い禁止規定が書かれていた。

会社 「退職金は支払うから、とにかくサインしてほしい」

中村 「大学の弁護士がOKしたらサインするから、大学の弁護士を通じてやってくれ」

会社 「サインがなければ退職金は出せないが、それでもいいのか」

中村 「とにかく大学の弁護士を通じてやってくれ」

 激しい押し問答のすえ、中村は断固としてサインを拒否した。窒化ガリウムを使った青色LEDの開発は、研究者・中村のレゾン・デートルであり、年明けから赴任するUCSBで新たな挑戦を始める土台になるものだ。サインすることは研究者としての手足をもがれるも同然だった。初年度二億七〇〇〇万円というUCSBからの契約条件に比べ、「一〇〇億、二〇〇億ならサインするが、たかが五〇〇〇万~六〇〇〇万円の退職金でサインする気は毛頭なかった」と、中村は語っている。

 ところが、これが思わぬ方向に発展し始める。UCSBに腰を落ち着けた二〇〇〇年三月ごろ、日亜化学から連日のように中村宛の電話やEメールが入るようになった。相手はかつて部下だった人物で「契約書にサインしなければ、会社はカリフォルニア大学と中村さんを訴えると言っています」というものだった。それに対し中村は「大学の弁護士がOKすればサインするから、大学の弁護士とやってくれ」と突っぱねたものの、彼と弁護士との丁々発止のやり取りは半年以上も続いた。

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岸 宣仁 [経済ジャーナリスト]

きし・のぶひと/1973年東京外国語大学卒業、読売新聞社入社。横浜支局を経て経済部に勤務、大蔵省、通商産業省、日本銀行、経団連機械、重工クラブなどを担当。91年読売新聞社を退社、知的財産権などをテーマに執筆。


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