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松本山雅のJ1昇格に松本市出身の田中隼磨が貢献
地域密着を謳うJリーグの「地元出身選手」事情

相沢光一 [スポーツライター]
【第323回】 2014年11月11日
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 J2松本山雅がJ1昇格を決めた。

 1日のアウェー福岡戦を2-1で制して昇格決定。普通なら緊張感から解放され、その後は気の抜けたプレーをしがちだが、9日にホーム松本に戻っての試合はJ1昇格プレーオフ進出争いをしている千葉を相手に2-1で勝利。スタジアムを埋めたサポーターを喜ばせた。

 昇格を決めた一戦はテレビ中継で観たが、松本山雅の選手からはJ1の晴れ舞台に立ちたいという思いが伝わってくる好ゲームだった。攻撃でも守りでもボールを必死で追う。その気迫が球際の強さに表れ、ゴールチャンスに結びつけた。

J1昇格に導いた田中隼磨選手
移籍の“ふたつの動機”

 そんなプレーを率先して見せ、チームを引っ張ったのが右サイドバックの田中隼磨(32)だ。J1の横浜Fマリノスや名古屋で活躍。2006年には日本代表にも選ばれている。昨年も名古屋でリーグ戦全試合に出場。30歳を越えてもJ1のトップレベルでやれる実力を示していた。

 その田中が今季はJ2の松本山雅でプレーした。J1クラブからのオファーもあった中、松本山雅への移籍を決意したのは、ふたつの動機があった。

 ひとつはマリノス時代の先輩で仲が良かった故松田直樹さんの存在だ。松田さんは2010年末にマリノスから戦力外通告を受けたが、サッカーを続けたい一心でJ2の下のJFLにいた松本山雅に移籍。クラブをJ2、そしてJ1昇格に導こうと奮闘したが、1年目の2011年の夏、心筋梗塞で亡くなった。田中はその松田さんの遺志を継ごうと考えたのだ。

 田中は松田さんの他界後、欠番になっていた背番号3を受け継ぎ、試合では松田さんが使っていたアンダーシャツを着て戦う。その思いを込めたプレーが他の選手を鼓舞し、前年7位だったチームを2位に押し上げ、昇格を勝ち取ることにつなげたといえる。

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相沢光一 [スポーツライター]

1956年埼玉県生まれ。野球、サッカーはもとより、マスコミに取り上げられる機会が少ないスポーツも地道に取材。そのためオリンピックイヤーは忙しくなる。著書にはアメリカンフットボールのチーム作りを描いた『勝利者』などがある。高校スポーツの競技別・県別ランキングをデータベース化したホームページも運営。 「高校スポーツウルトラランキング」


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