2014年6月初旬から本稿執筆時点まで、イラク、シリアでの「イスラーム国(イスラム国)」の活動や、それに対する各国の反応、国際的な影響について日本の報道機関でも取り上げられない日はないほどである。8月からはイラク、9月下旬からはシリアでも、アメリカが主導する「国際同盟」による対「イスラーム国」攻撃が続いている一方で、世界各地で「イスラーム国」に惹きつけられたり、触発されたりする者が相次いである。このように世界的に注目を集める「イスラーム国」は、なぜ現在のような姿になり、今後どのようになってゆくのだろうか。

「イスラーム国」の起源

「イスラーム国」とは何者か <br />どこから来てそしてどこへ行くのか<br />――中東調査会上席研究員 高岡 豊たかおか・ゆたか
新潟県出身。1998年早稲田大学教育学部卒、2000年3月上智大学大学院外国語研究科博士課程前期修了(修士)、同年4月在シリア日本国大使館専門調査員、06年中東調査会研究員、08年11月上智大学研究補助員、11年3月 博士号取得(上智大学)、14年5月から現職。主な著作に『現代シリアの部族と政治・社会』(三元社)。

 最近にわかに注目を集めたからといって、「イスラーム国」は突如現れた団体ではない。また「イスラーム国」の起源は、実はイラクでもシリアでもなく、アフガニスタンにある。アフガニスタンについては、1980年代にムジャーヒディーンと呼ばれるアラブ・ムスリムの義勇兵が、ソ連軍と戦ったことが知られている。「イスラーム国」の前身となった団体を結成したヨルダン人のアブー・ムスアブ・ザルカーウィー(本名アフマド・ハラーイラ)は、1989年ごろにアフガニスタンに渡航したとされている。

 もっとも、この時期にはソ連軍との戦闘はほとんどなかった上、ザルカーウィー自身もその後数年間はヨルダンで逮捕・収監されていた模様だったため、同人がアフガニスタンで武装集団を結成して本格的に活動に乗り出したのは1990年代の末である。当時のアフガニスタンではムジャーヒディーンの著名人としてウサーマ・ビン・ラーディンが活動していたが、ザルカーウィーらの活動はビン・ラーディンに完全に従属してはおらず、資金や人材の獲得をめぐって競合する場面もあったとされる。

 ザルカーウィーにとっての転機は、アメリカが推進した「テロとの戦い」である。2001年のアメリカ軍によるアフガニスタン侵攻により、アフガニスタンでの拠点を失ったザルカーウィーはイラクに潜入し、2003年にアメリカ軍がイラクを占領すると、アメリカや同国に協力する主体に対する武装闘争を開始した。ザルカーウィーが率いた団体は、多数を殺傷した自爆攻撃や、外国人の誘拐・斬首で名を馳せた。当時、彼の団体は「タウヒードとジハード団」と名乗っていた。