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かの残響、清冽なり――本田美奈子.と日本のポピュラー音楽史

本田美奈子さんの最後の舞台写真を撮影した
原田京子さんによる「犬と猫」の里親探し写真展

坪井賢一 [ダイヤモンド社論説委員]
【第65回】 2014年11月28日
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東京・芝浦のヤナセ東京支店「メルセデス・ベンツショウルーム」で、「アーク写真展――犬生、猫生、人生」が2014年12月6日から21日まで開催される。「アーク」とは、特定非営利活動法人アニマルレフュージ関西(Animal Refuge Kansai)の頭文字をとった略称だ。災害や虐待、遺棄によって放り出された犬や猫をシェルター(避難所)に保護し、新しい飼い主(里親)を探す活動を続けている。この写真展は、そうした犬や猫の写真を展示し、保護活動の情報提供を図る試みで、ヤナセが展示場を無償で提供する。

2014年、10年前の撮影

メルセデス・ベンツのSUV「GLKクラスの上の猫」(写真:原田京子)

 いったい、「本田美奈子と日本のポピュラー音楽史」になんの関係があるのか、と言われそうだが、展示される犬や猫の写真はすべて原田京子さんの作品である。

 原田さんは本田美奈子さんのスタジオ写真やコンサート写真を2004年に撮影した最後の写真家だった。そのころの様子は連載第21回で詳しく書いた。多少重複するが、その経緯を振り返る。

 原田さんの撮影は、2004年10月から12月にかけて集中的に行なわれた。撮影したのは3回だった。

1回目……2005年カレンダー用の撮影(東京)
2回目……「週刊ポスト」(2005年1月14-21日号)グラビアの撮影(旭川)
3回目……2004年クリスマス・コンサートの撮影(東京)

 3ヵ月間で3回、相当量のまとまった撮影を行なっていた。2005年は本田美奈子さんのデビュー20周年に当たり、多くのミュージカル、クラシックコンサート、ポップスコンサートの予定が組まれていた。原田さんはそのすべての撮影を任されることになった。写真集を出版する構想もあったのだそうだ。しかし、05年1月に入院し、11月に他界してしまう。

 原田さんは本田さんが「殺意のバカンス」(東芝EMI)でデビューした1985年にプロを目指して写真家の事務所で働き始めた。4年後の89年に独立し、現在は広告写真やファッション写真で実力をよく知られた存在だ。

 本田美奈子さんの撮影を初めて依頼されたのは、2作目のクラシック・アルバム「時」の録音が最終段階にあった2004年夏だった。カレンダー、「週刊ポスト」のグラビア撮影と続き、最後の撮影は12月22日のクリスマス・コンサート(新宿文化センター大ホール)だった。原田さんは楽屋の中から舞台袖の様子まで、すべて撮影している。

 2005年の撮影計画は1月13日に打ち合わせする予定だったが、本田さんが前日に入院し、実現しないまま終わってしまった。

 原田さんの喪失感は大きかったことだろう。献身的に歌い、命がけで表現する姿に強く打たれていた。レンズを通して本田さんの精神が心に取り込まれていた。

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坪井賢一 [ダイヤモンド社論説委員]

1954年生まれ。78年早稲田大学政治経済学部卒業後、ダイヤモンド社入社。「週刊ダイヤモンド」編集長などを経て現職。著書に『複雑系の選択』『めちゃくちゃわかるよ!経済学』(ダイヤモンド社)『浦安図書館を支える人びと』(日本図書館協会)など。


かの残響、清冽なり――本田美奈子.と日本のポピュラー音楽史

日本のポピュラー音楽の誕生をレコード産業の創始と同時だと考えると、1910年代にさかのぼる。この連載では、日本の音楽史100年を、たった20年の間に多様なポピュラー音楽の稜線を駆け抜けた本田美奈子さんの音楽家人生を軸にしてたどっていく。

「かの残響、清冽なり――本田美奈子.と日本のポピュラー音楽史」

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