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佐高 信の「一人一話」

「咳をしても一人」尾崎放哉の放埓と寂寥

佐高 信 [評論家]
【第13回】 2015年1月26日
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 1月17日、鳥取で尾崎放哉生誕130周年記念フォーラムが開かれた。東京大学名誉教授の上野千鶴子が「放哉の魅力」について講演し、その後それを語る座談会の司会を私が務めた。

 種田山頭火と並ぶ放浪の俳人の放哉では、「咳をしても一人」という句が有名だが、私が最初に放哉の名を知ったのは学生時代である。当時入っていた学生寮(山形県庄内地方出身者のために東京駒込にあった荘内館)の寮監が「心の花」同人の佐藤正能という歌人で、俳句にも詳しかった。その先生は東京帝国大学法科卒だったが、同じ東京帝大法科出の放哉に親近感を持っていたのかもしれない。

 卒業していく4年生のアルバムに、何か言葉を引くのに、ある先輩のそれに寮監は放哉の次の句を寄せたのである。

 〇漬物桶に塩ふれと母は産んだか

 東京芸術大学の学生だったその先輩は、母一人子一人で育った人だったが、それを読んで、「見透かされた」と言っていた。

 その時のその反応とともに、放哉の名は私の胸に深く刻みつけられた。そして、後年、吉村昭の『海も暮れきる』(講談社文庫)と出会って、私の放哉熱は一挙に昂まる。もう四半世紀も前になるが、高松に行った際、作家の西村望に案内されて、小豆島に渡り、放哉の墓に参ったほどである。放哉は鳥取に生まれて小豆島で亡くなった。

旧制一高、東京帝大法科卒という
エリートコースからの転落

 人はそれほど起伏の多い人生を送るわけではない。それだけに山の頂と谷底の双方を経験したような人に惹かれる。

 羽目をはずすというか、枠をはずれた放哉に不思議にサラリーマンが共感するのは、サラリーマンが日々、束縛の多い人生を送っているからである。

 すべてを捨ててしまいたい。しかし、捨てられない。その行ったり来たりの問答の中で、下へ下へと降りて行った放哉の存在が他人とは思えなくなってくる。

 〇何がたのしみで生きてゐるのかと問はれて居る

 こんな放哉の句に接したとき、ドキッとしないサラリーマンはいないだろう。

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佐高 信 [評論家]

さたか・まこと 1945年山形県酒田市生まれ。評論家、『週刊金曜日』編集委員。高校教師、経済雑誌の編集者を経て評論家に。「社畜」という言葉で日本の企業社会の病理を露わにし、会社・経営者批評で一つの分野を築く。経済評論にとどまらず、憲法、教育など現代日本のについて辛口の評論活動を続ける。著書に『保守の知恵』(岸井成格さんとの共著、毎日新聞社)、『飲水思源 メディアの仕掛人、徳間康快』(金曜日)など。


佐高 信の「一人一話」

歴史は人によってつくられる。ときに説明しがたい人間模様、ふとした人の心の機微が歴史を変える。経済、政治、法律、教育、文化と幅広い分野にわたって、評論活動を続けてきた佐高 信氏が、その交遊録から、歴史を彩った人々の知られざる一面に光をあてる。

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