『週刊ダイヤモンド』3月28日号の特集は、「叱れない上司 叱られたい部下」。その中から、「増殖する叱られたい部下たち」をご紹介します。

  職場の上司と部下の関係に地殻変動が起きている。一昔前と真逆で、「叱れない上司」と「叱られたい部下」が増えているという現象が起きているというのだ。

 「私もほかの人のように叱ってほしい」。社会人1年目の高木望美さん(仮名)は、あるとき上司に直訴した。

「先輩がプレゼンのダメ出しを受けて悔しがっている姿を見て思ったんです。自分はもっとひどいゴミのようなプレゼンをしたのに、周りは何も言ってくれないから悔しさも感じない。やばいなって」

 それまでは何でもそつなくこなして叱られずに生きてきた。しかし、いつまでもそれで大丈夫だとは感じていないのだ。

「私が叱られないのは成長を期待されていないからだと思って悲しくなりました」

 高木さんの危機感と本気は上司に通じて、直訴してからは頻繁に厳しく叱られるようになった。「叱られるとおなかが痛くなるけど、仕方ないってやり過ごしていた姿勢が変わりました」と自身の成長を実感しているという。

「私は叱ってくれる上司に当たりたいです。何も言われなければ今の自分に満足してしまう。お尻をたたかれない状態で自ら成長しようって思うほどの向上心はないんですよ(苦笑)」

 社会人2年目の市川敬一さん(仮名)は「褒められ疲れしていますね」と話す。「褒めて育てられた実感がありますけど、大人になったら褒められても、それウソでしょって思う。思ってもいないことを言われたくないんです」。

 また、「叱られずに放任されやすい」という職場環境にも不満があるという。「そうすると仕事を覚えるスピードも遅くなる。今は何をやっていいか分からないことも多いので、教えてもらうことに対する欲求はすごく強いです」。

「将来に不安がある」として、もっと叱ってほしいと語るのは、同じく社会人2年目の永野英之さん(仮名)だ。「叱られた分、成長できるから鍛えてほしい。成長しないと転職するときに困る」。

 大手広告代理店に勤め、今の時点で転職願望があるわけではない永野さんが、こうした危機感を抱くことに隔世の感を禁じ得ない上司世代も多いかもしれない。

先生も親も先輩も
叱らない時代背景

「実感として、叱られたい若者は年を追うごとに増えている」。そう断言するのは若者研究の第一人者、原田曜平・博報堂ブランドデザイン若者研究所リーダーだ。

 少し厳しく接するとすぐに辞めてしまう若者が増えたという話は、社会問題化して話題を呼んだ。その一方で、叱られたい若者も増えているというのだ。その根っこには「社会人になるまでにあらゆる上下関係がないまま育ってきた」時代背景があると、原田氏は解説する。

 昔の若者は、社会人になる前に先生、親、学校の先輩との間で上下関係を身に付けた。ところが、今の若者はこの人間関係が横並びの友達関係になってしまっているのだ。

 先生はモンスターペアレンツの苦情を恐れて子どもに何も言えない。そうした苦情がインターネットで炎上しやすい世の中になったことが、それに拍車を掛けている。

 一方、親は子どもに何も押し付けない理解者で、〝友達親子〟が増えている。原田氏によれば「今の大学生の親は『新人類世代』、別名『尾崎豊世代』。当時は校内暴力が問題になって管理教育が盛んだったために抑圧された感覚を持っている。その反動で子どもの自由を尊重する」のだという。

 そして、学校の先輩はソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)によって友達化が進んでいる。今の若者は中学校3年生くらいで携帯電話を持ち始め、LINEやフェイスブックで人間関係がつながっていく。そして、「昔は『俺たち一生友達だぜ』と言いながらも、時を経ると徐々に関係性が薄くなっていったが、今はSNSでガチガチにつながったまま固定化している」(原田氏)。

 すると、「〝SNSムラ社会〟が出来上がって厳しい先輩・後輩の上下関係は成り立ちにくく、先輩も後輩に好感を持たれた者勝ちになる」(同)というわけだ。

 厳しい上下関係で知られる体育会系ですら「そうした傾向が出てきている」と、原田氏は語る。 

 前出の永野さんも、高校時代に周囲で上下関係が厳しかったのは野球部くらいだったようだ。それも「世代的にそんな空気もないのに、野球部だからという理由で厳しくやっているふうで、ちょっとイタい感じだった」という。

 このように、今の若者は学生時代の上下関係がほとんど崩壊した中で育ってきたため、叱られ慣れていないので耐性がない人が多い。一方で「社会に出て間もない、経験値が少ない状態で放っておかれるのも、内心では不安や頼りなさを感じている」(原田氏)から叱られたいとも考えるのだ。