Mさんのわき腹の少しの盛り上がりに気づき、ゆっくりその部位を押さえながら「これ痛みますか?」と私。「いいえ」の返事とともに、私は腹部超音波装置の電源を入れた。その後Mさんは消化器内科へ入院し、精密検査で胆石ではなく十二指腸乳頭部ガンであることが判明した。

 内科では皮膚から肝臓の胆管へチューブを挿入し、胆汁を体の外へ出す黄疸の治療に入った。さらにガンの精密検査も終了した。

 内科入院中のMさんが、胆汁のバッグを右手に私の診察室に入ってくる。「すっかりよくなりました。このバッグ、邪魔ですけど」
とMさん。

 「今日は今後の治療に関してお話しますが、奥様もよく聴いてくださいね」と私。

 「胆汁は十二指腸の小さな乳首みたいなところから消化液として分泌されます。この写真でもわかるように十二指腸にある出口に小さな腫瘍ができていますよね。これが胆汁の流れを止めています。組織の検査で小さなガンであることが確認されました」と説明する。

 「やっぱりガンですか…」と夫婦で顔を見合わせる二人。

 「ガンは比較的早期で、切除すればおそらく完治しますが、すい臓と十二指腸、そして胆管を切除して、それぞれをうまくつながなければ食事ができません」

 「大変な手術ですか。手術で死ぬこともあるのでしょうか」とMさんは悲壮な顔をして私を見つめる。私はそれに対して、

 「手術には絶対はありませんから」としか答えられなかった。

 翌週、外来診察にMさんと奥さんが入ってこられた。

 「いかがでしょうか。手術の予約いたしますね」と私。

 Mさんはあらたまった表情で、

 「今、何の症状もないし、死ぬことはできないので手術は受けません。内科の先生からチューブは埋めることができると聞きました。知り合いが勧める治療をやります」と答えが返ってきた。横にいる奥さんは顔を伏せている。

 「どんな治療をされるのですか」

 「熊笹です。先生ご存じないのですか」と逆に質問が飛んでくる。

 「私ならその治療より手術を選びますが。まだ、お若いし、せっかくこれだけ医学が進歩したのですから、それにかけられては」と私。その後いくら説明しても二人の決意は変わらない。

 「いつでも気持ちが変われば来てください。別の病院も紹介しますので」

 Mさんはその後、病院へこなかった。確かに手術は人間が行うものなので絶対ではない。患者さんの立場なら、手術への不安から安全な治療、誤った療法を選んでしまうこともあるだろう。だが、患者さんはともかく、医療従事者だけは、不安な思いに対して“安全第一”が取り憑いた判断をしてはいけないと思う。

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柴田高

川崎医科大学卒業後、大阪大学論文博士課程修了。日本外科学会指導医。日本消化器外科学会専門医。現在は大幸薬品副社長。著書に『カリスマ外科医入門』『肝癌の熱凝固療法』がある。


外科医のつぶやき

現在は製薬会社役員である外科医師による医療エッセイ。患者の知らない医師の世界。病院の内側が覗ける、ここだけの話が満載。

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