ダイヤモンド社のビジネス情報サイト
女性活躍推進を阻む企業の誤解

能力ある女性が昇進したがらない深い事情

林 恭子 [グロービス経営大学院教員],君島朋子 [グロービス経営大学院教員]
【第2回】 2015年5月22日
著者・コラム紹介バックナンバー
1
nextpage

 「逃げてるわけじゃないんだけどな…」

 亜紀は女子トイレの鏡に映った自分を眺めて、ため息をついた。目の下の、このところ消えない隈を見ると、涙がこみ上げてきた。頭の中で、上司の「責任から逃げたらダメだよ。リーダーになりたくないなんて言ってないで」という声がリフレインする。

 「もう、辛いな…。ほんと、逃げちゃいたい…」

 これが去年なら、残業仲間を誘ってワインでも飲みに行ったところだ。行きつけのワインバーで、愚痴を言い合いながらグラスを傾ければ、少しは気も晴れる。でも、今の亜紀は愚痴を言う仲間もいなかった。「お先に失礼します!」後輩の声に、亜紀はとっさに笑顔を作った。「終わったの、がんばったね!お疲れ様」。後輩の姿が消えると、亜紀は鏡の中のいっそう疲れた自分を見つめた。

「辛いな…逃げちゃいたい…」。一生懸命働く女性なら一度は思ったことがあるはず
Photo:milatas-Fotolia.com

 亜紀は営業部業務課に勤めて10年目。サブリーダーに抜擢され、「女性リーダー候補」として人事部が立ちあげた会議に出席するようにと言われたのは去年の4月だった。会社には職種による区別はないが、業務課に配属される女性たちは暗黙の了解で、営業ノルマを持たない事務担当となり引っ越しを伴う転勤はなかった。事務と言っても単純作業は派遣社員が担い、亜紀たちの仕事は顧客対応や営業支援、イレギュラーな案件への対処、様々な書類の作成、そして派遣社員の監督など、多岐に渡る。自分たちの担当業務で忙しくとも、営業に頼まれたらたいていのことは引き受けるよう求められている。

 同期の女子の3割は3年目までに辞め、残りの多くが結婚や出産を機に退職したり、もっと楽な職場に転職したりで、勤続10年の亜紀は数少ないベテランだ。忙しくても、自分の成果が目に見えて、営業からは「亜紀ちゃんは何でもニコニコ引き受けてくれて助かる」、「丁寧なのに仕事早くて、亜紀ちゃんに頼めば安心」、「お客様も女性が笑顔で迎えてくれると喜ぶ」と感謝される今の仕事が、亜紀は好きだった。

 人と話したりサポートしたりするのが好きな自分に向いていると思っていたし、上司からも「部門の方針をよく理解してすぐ実行できる」と評価されてきた。後輩を育成し、新しい業務を立ち上げ、課の代表選手として働いてもきた。その傍ら、仕事だけが命の“お局様”にはなりたくなくて、業務を効率化して早めに帰り、自分磨きもしてきた。後輩たちには「亜紀さんみたいな素敵な先輩を見習いたい」と言われて、それも成功していると思っていた。

 だが、サブリーダーになり、「リーダー候補」と言われ、仲間だったメンバーとの面談を任されてからは、勝手が違った。今までは互いに言い合っていた愚痴が、「リーダー」の自分への要望として突きつけられるようになったのだ。営業からの雑用の押し付けをやめさせてほしい、イレギュラー処理は断れないのか、等々。メンバーの気持ちもよくわかるが、営業の状況もわかる。自分だったら、引き受ける代わりに効率化を提案しただろう。でも、まだ慣れていないメンバーにはできないかもしれない。「効率化すればいい」なんて言ったら怒ってしまうだろうな…。迷っていると「リーダーの亜紀さんが、方針を決めて、営業に交渉してきてください」と頼まれてしまった。

 上司に相談したが、自分で決めるようにと言うだけだった。困った亜紀は、つい「サブリーダーは私には無理なんです」と言ってしまった。上司の「もうベテランなんだから、責任から逃げたらダメだよ。リーダーになりたくないなんて言ってないで、もっと皆にはっきり指示を出さなくちゃ」という返事は、亜紀に重くのしかかった。

1
nextpage
関連記事
スペシャル・インフォメーションPR
クチコミ・コメント

DOL PREMIUM

PR

経営戦略最新記事» トップページを見る

最新ビジネスニュース

Reuters

注目のトピックスPR

話題の記事

林 恭子 [グロービス経営大学院教員]

グロービス経営大学院教員・(株)グロービス 経営管理本部 本部長。筑波大学大学院ビジネス科学研究科博士課程前期修了。モトローラにてOEMを担当した後、ボストン・コンサルティング・グループの人事担当リーダーとして幅広く人材マネジメントに携わる。現在はグロービスにて経営管理全般を統括、兼任でグロービス経営大学院の教員としてリーダーシップ、ダイバーシティマネジメント、キャリア開発等の領域を担当。企業研修、講演も多数。共著書に『【新版】グロービスMBAリーダーシップ』(ダイヤモンド社)、『「変革型人事」入門』(労務行政)、『女性プロフェッショナルたちから学ぶキャリア形成』(ナカニシヤ出版)。
GLOBIS知見録
GLOBIS GROUP

 

君島朋子 [グロービス経営大学院教員]

グロービス経営大学院 教員・(株)グロービス ファカルティ本部 本部長。国際基督教大学教養学部卒業、東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了。法政大学大学院経営学研究科キャリアデザイン学専攻修士課程修了。マッキンゼー・アンド・カンパニーを経て、グロービスに入社。現在はファカルティ本部にて研究開発とファカルティ・ディベロップメント活動を統括。グロービス経営大学院の思考領域・人材マネジメントの教員を兼任。主に日本企業の人的資源管理と女性労働についての研究に携わる。キャリアデザイン学会会員。
GLOBIS知見録
GLOBIS GROUP

 


女性活躍推進を阻む企業の誤解

日本企業において今ほど女性リーダー、マネジャーの活躍推進が望まれている時代は無い。しかし、現実に多くの企業で女性リーダーの台頭が広く進みそうな気配は依然としてうかがえない。女性リーダーが生まれない日本企業の現状を変えるためには、どうすべきか。この連載では、女性活躍推進を阻む企業のなかにある誤解を紹介し、その打開策を見出していく。

「女性活躍推進を阻む企業の誤解」

⇒バックナンバー一覧