新会社を次々と設立するも
末期がんが見つかり…

 実はもうひとつ、丸山さんが興した重要なジャンルがあります。ゲームです。

 ソニーのプレイステーションの開発は、ソニー本体の技術者、久夛良木健さん(1950-)が社内ベンチャーに応募して始まります。久夛良木さんはソニー・グループでゲームを作っていたSMEの丸山さんに相談し、いっしょにプレイステーションのプロジェクトを立ち上げ、巨額の投資を行ないます。93年にソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)が設立され、丸山さんは副社長となります(社長は小澤敏雄さん)。以来、SCE会長などを経て2007年に退任するまで取締役でした。

 プレイステーションは現在もソニーの屋台骨のひとつですが、久夛良木さんとともに創始したのが丸山さんだったのです。

 その後、98年にはSME社長となりますが、1期2年後の2000年に社長退任、2002年には役員も退任してしまいます。61歳でした。

 そのあと沖縄で音楽の仕事をするべく、まず視察に行ったの。/食えるとか、食えないとかの問題より、人生の間をもたせるにはどうすればいいか考えたときに、新人を育てることが、たぶんいちばん面白いと思ったの。それが、現役引退後も音楽の仕事をしようと思った理由。(略)東京で音楽の仕事しようとしてウロウロしてると、旧部下ともぶつかるでしょ。でも同業者の先輩を尊敬するという風潮は日本人にはあまりないから、おれには「ややこしいおやじ」という地位しか残っていないわけ。そう思われて存在しているのはイヤなんだ。(略)東京からいちばん遠いところはどこかと言ったら沖縄だよ。(123ページ)

 ところが沖縄の音楽はブームとなり、那覇ではけっきょく業界関係者と鉢合わせするようになります。そこで、丸山さんは音楽配信会社を設立し、ネット配信に乗り出します。2003年のことです。

 4年後の2007年11月、のどに異変を感じました。検査を受けると、ステージA4の食道がんでした。手術は不可能で、なんと余命4ヵ月という段階です。

 じつは、本書は丸山さんの音楽歴を中心にした自伝であると同時に、がん闘病記でもあります。結果的に丸山さんは末期がんを克服し、現在も活躍中です。食道の腫瘍は短期間で消えてしまったのです。どうしてでしょうか。

 おれとしては、丸山ワクチンがこの結果にどんなふうに関わっているかを知りたかったの。でもこの時点では、もうそれを知るのは不可能だよね。放射線と、抗がん剤の5-FUとシスプラチンと丸山ワクチンを、全部使ってしまっているわけだから。/ただ、胃の右横には放射線を当ててなかったからね。医者によると、そこが小さくなってるのは抗がん剤が効いたからだと。抗がん剤は全身を回るから。でも、おれにしてみれば微妙だよね。丸山ワクチンも効いてるんじゃないかと思うよね。(41ページ)

 なんと、丸山さんは「丸山ワクチン」の開発で名高い丸山千里(1901-92)さんの長男だったのです。自宅には「丸山ワクチン」が常備され、病院にはないしょで投与していたのでした。その後、現在にいたるまで「丸山ワクチン」の投与を続けているそうです。

 この治療とその後の経過、病院と医師への論点など、本書はがん治療の体験的なレポートにもなっており、非常に重要な記録です。詳細はぜひ本書をお読みください。