創業80年、伝説の老舗キャバレー、東京・銀座「白いばら」に50年間勤務し、名店長といわれた著者が、お客様のための創意工夫をはじめて明かした『日本一サービスにうるさい街で、古すぎるキャバレーがなぜ愛され続けるのか』から、抜粋してお届しています。
大正、昭和、平成と、その時々の最先端の街として人々を魅了してきた“あこがれの銀座”。この街のランドマークとなっている三越、松屋の二つの百貨店が並ぶ中央通りの一つ裏に、「ガス灯通り」と呼ばれる通りがあります。
明治時代に八五基のガス灯が建てられたことからこう名付けられ、古くから続く洋食や割烹の名店が軒を連ねています。
そんな老舗の多い通りの中でも、ひときわ目を引く空色の建物、それがキャバレー『白いばら』です。
濃い青色の地に、毛筆風の白文字で店名を記した妖しいレトロな看板。
店の入口横の外壁には、「あなたのお国言葉でお話が出来ます あなたの郷里の娘を呼んでやって下さい」と書かれた縦一メートル、横三メートルほどの特大の日本地図が飾ってあり、そこに出身地別にホステス全員の名札がかかっています。
地図を外してしまったほうが、銀座のお洒落な街並みにはなじむのでしょうけれど、これは白いばらにとって、なくてはならないディスプレイとなっています。というのも、
「出身地ごとにホステスを指名できる」のは、地方出身者も集まる銀座の大型キャバレーだからこそなのです。
そんな周囲から浮いた独特の店構えに、イロモノを見るような目で笑って通り過ぎていく人も少なくありません。お客さまからも「ここは銀座じゃないね」「昭和の化石だ」などとからかわれることもあります。
一階、二階の二フロアからなる店内の着席収容人数は、男女合わせて三八〇名。一階はダンスショーを行ったり、お客さまが踊ったりするためのステージと客席。中二階は生バンドが演奏するための専用ステージで、二階は客席のみ。
在籍するホステスの数は二〇〇名以上。平日は常時一二五名、金曜日には一五〇名のホステスがフロアでお客さまをもてなします。それを黒服などの男性従業員約三〇名でサポートしています。
外観同様に店内のコーディネートも、昭和を強く意識したものになっています。
夜のお店の王道ともいえる真っ赤なソファ。その鮮やかな赤を基調色に、天井や壁には黒やゴールドを散りばめ、エネルギッシュな空間を演出しています。
店内の要所要所には、「キャバレーは楽しい! 今も昔も青春のキャンパス」「夢・恋・愛」、バックヤードには、「貴女は女優 お店は舞台、一期一会は恋の華」というように、今の人からしたら甘酸っぱいキャッチフレーズを臆面もなく電飾しています。
あえて“臆面もなく”なんです。店のほうが恥ずかしがっていては、お客さまにリラックスしていただくことなどできません。それにお客さまにとってキャバレーは、“非日常”を楽しむ空間です。夢の世界ですから、まずは私たちがその気にならないと、お客さまをノセることはできないのです。
大半の人は銀座の夜のお店というと、高級クラブをイメージされると思います。でも、このように白いばらは、昔も今も変わらぬ大衆のためのお店なんです。
このポリシーこそが、私たちスタッフがずっと守り続けてきたもので、お店作りを考えるにあたって常に心に留めてきたものです。
私たちは、あえて“変えてはいけない”ものがあると信じてきました。