今年は終戦から70年を迎える重要な年であり、特に中国・韓国といかなる関係を構築するのかが改めて議論されている。揺れる巨人・中国はどこに向かっているのか、そして、日本は中国といかに向き合えばよいのか。東京大学名誉教授であり、「日中歴史共同研究委員会」日本側座長や「21世紀構想懇談会」座長代理を務めた北岡伸一氏に、加藤嘉一氏が聞いた。対談の第2回。
中国はいかに正統性を保つのか
加藤 中国共産党の正統性は、業績やガバナンスといった結果で保障するしかありません。なぜなら、選挙というプロセスを経ないからです。私は、安定・成長・公正・人権という4つの軸を設けて、それをいかに運用するかが大事だと考えています。
胡錦濤の時代はとにかく安定が第一で、発展が第二にあった。安定・成長・公正・人権の順番で政権運営がなされていました。習近平に受け継がれたいま、ポスト安定・成長時代に入っていると考えています。おそらく、人権の軸に当たる政治レベルの自由に関しては、私が見る限り習近平は関心を示していない。そのため、格差是正や社会保障など公正の軸に含まれる分野を大胆に推し進めていくことでしか、正統性は担保できなくなると見ています。現在、人口の3割強とされる中産階級が紆余曲折を経ながらも拡大していくなかで、人民たちが単に上からの抑圧で納得するような状況ではないでしょう。
故サミュエル・ハンチントンなども指摘していますが、中産階級が拡大するなかで、中国の人々は物質面だけではなくて、政治の自由などにも関心を示していく可能性はあります。その過程で、いわゆる自由民主主義に立脚した政治レベルでの改革が求められるだろうというのは他国の経験から見てもオーソドックスな考えだと言えるでしょう。しかし一方で、習近平の動きを見ると、西側初の価値観や政治体制にはまったく関心を示していないどころか、それらを拒絶するような発言すら散見されます。とくにリーマン・ショック以降、中国共産党は中国独自の道を貫こうという姿勢を強めているように見えます。
中国国内統治の方向性に関して、北岡先生はどうご覧になっていますか?
北岡 民主主義とは多義的ですが、私には、古典的だけどロバート・ダールのような考え方が一番重要だと思っています。つまり、政府を批判する自由があり、政府に対抗する運動をしても罰せられないなどという捉え方です。これが基本です。中国型の民主主義という人がいますが、あるいは昔は、北朝鮮型の民主主義という人もいましたが、それは世界では通用しません。
中国の国民が豊かになってくれば、中国の夢などのように、つまらないスローガンでは騙されなくなると思います。そう思いませんか?
1948年、奈良県生まれ。76年、東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了、法学博士。立教大学教授、東京大学教授を経て、現在、国際大学学長、政策研究大学院大学学長特別補佐・特別教授、東京大学名誉教授を務める。その間、04‐06年には日本政府国連代表部次席大使を務めたほか、日中歴史共同研究委員会日本側座長などを歴任する。著書に『清沢洌―外交評論の運命』(増補版、中公新書、サントリー学芸賞)、『日米関係のリアリズム』(中公叢書、読売論壇賞)、『自民党―政権党の三八年』(中公文庫、吉野作造賞)など多数。
加藤 中国の人たちはインテリジェンスに長けているので、常に本音と建て前を分けたうえで生きていると思います。中国の夢についても、多くの人が「こんなもの」と思っていると感じます。その一方で、共産党一党支配そのものに対してどれだけの人間が「こんなものは」と思っているかというと、中国という広大な土地は共産党の一党支配でしか有効的に統一できないと考えているでしょう。国家の統一が担保されなければ、発展も繁栄もせず、安定もしないという考えを持っている人は少なくないと感じています。
北岡 大国を統治する方法は限られています。よくあるのは連邦制です。アメリカやインド、ドイツもそうですよね。民主主義で、連邦制を採っていない国で、一番大きい国は日本です。1億を超えると、連邦制以外では難しいのではないでしょうか。中国は地域に分けるのが非常に困難な国ですが、実質的には各省の独立性はあると思いますので、連邦制にしなければ難しいでしょう。
ただ、むしろ党はどんどん大きくなっていて、党の中でデモクラティック・コンペティションがある。たとえば、党幹部を選ぶために選挙をするという方法はどうなんでしょうか?一部ではやっているわけですよね。
加藤 中国共産党は、“党内民主”は掲げていますが、実際、全国人民代表大会の代表や全国政治協商会議の委員などの投票率を見れば、そのほとんどが信任投票というのが現状です。たしかに、村レベルでは村民委員会もあり、部分的・局地的には行われているようですが、中央・地方を問わず、中国で公正で自由な民主選挙が実施される兆しは見えませんね。