保守は礼儀正しくなければならない

北岡 ご存じのように、中国は大国です。大国であり、強者である。大国の皇帝とは寛大ではなければならないという価値観を、いちおう持っていると思うんですよ。雍正帝だったと思いますが、「われわれは大国だから、他国に対して過酷であってはならない」と言っていますよね。こうしたメンタリティは韓国は持ちづらいわけです。韓国は大国ではありませんから。

 日中が安定しなければ、当事者の両国だけではなく東アジア全体が困ります。相互理解という言葉は少し軽いですが、根っこにあるのは他者あるいは他国に対する感受性、尊敬、受け入れる態度だと思います。日本はよい国ですが、他者に対してまだ拒絶的な人が多いと思います。この人まだ鎖国の時代を生きているのかなと思うことはよくありますよ。そうではなく、他者は違っているからおもしろい。自分と違い、優れた能力がある者には敬意を払う姿勢を持つべきだと思います

 日本人の私が言うのはおかしいですが、サンフランシスコ講和会議に参加した中でもっとも素晴らしい演説をしたのはセイロンの代表です。セイロンの代表は、「われわれは日本を尊敬してる」と言いました。もう1つ、「本当の平和は復讐心からは生まれません。真の平和は愛情や相手に対する尊敬、そういうものを基礎にしなければいけない」と。韓国にも優れたところがあるし、中国にもある。日本にもあるわけですよ。そこにフォーカスして、優れたところを学ぼうと思ったほうが生産的です。

 中国、韓国に限らず、日本でも一番困ってしまうのは偏狭な人です。現在の状況を保守化というのはどうかという議論があったとき、私は「保守というのは礼儀正しくなければならない。言葉遣いが汚い保守はよくない」と言いました。桜田淳氏が、産經新聞の「正論」に「私は天皇陛下の前で使わない言葉は使いたくない」と書いていましたが、それと同じです。ネット右翼を見ると、汚らしい言葉を並べて、それはもうひどいでものです。ネットだけではなく、雑誌でもひどい。

 また、相手の言い分にまったく耳を貸さないのも困ったものです。たとえば朝日新聞の憲法論議もそうですが、自分の立場を正当化するために、相手の議論を歪曲することすらある。護憲・改憲の議論のとき、「戦争を禁止した憲法9条を変えようとする人がいる」という言い方をしますが、戦争を禁止した9条というのは、9条1項なわけです。これを変えようとしてる人はあんまりいないんですよ。一方で、9条2項があまりに非現実的なので、こっちを変えようという人はいる。それを「9条1項を変えようとしてる人」とラベルを貼ってしまう。

 もっと穏やかに、知に基づいて噛み合った議論をしましょう。違った国の人にはそれなりに敬意を払いましょう。過去のことは忘れないようにしましょう。そういう基本的な姿勢で臨めばよいわけで、ブレイムゲームやアポロジーゲームはもういい加減にしたいと思っています。

挑発もせず、譲歩もしない。事実に基礎を置くことで日中関係は前進する加藤嘉一(かとう・よしかず)
1984年生まれ。静岡県函南町出身。山梨学院大学附属高等学校卒業後、2003年、北京大学へ留学。同大学国際関係学院大学院修士課程修了。北京大学研究員、復旦大学新聞学院講座学者、慶應義塾大学SFC研究所上席所員(訪問)を経て、2012年8月に渡米。ハーバード大学フェロー(2012~2014年)、ジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院客員研究員(2014〜2015年)を務めたのち、現在は北京で研究活動を続ける。米『ニューヨーク・タイムズ』中国語版コラムニスト。

加藤 2008年5月、胡錦濤さんが訪日した後、東シナ海の共同開発を巡る日中合意ありました。私は北京で情勢を眺めていましたが、合意発表の直後、中国国内では「中国政府は日本の側の中間線を認めたのか!?」という世論が急速に巻き上がり、日本に対して弱腰だと批判されることを恐れる外交部は、武大偉副部長(当時)を出してきて「認めていない」と主張しました。それ以来、この合意を巡っては現在に至るまでほとんど進展がない状況です。

 当時、私は中国のあるリベラル系のメディアに、「私個人の名義で、日本と中国双方の主張の違いを並列で載せたい」と伝えました。現場の記者には相当頑張ってもらいましたが、上からストップがかかり、結局「現段階ではそれは難しい」と断られた経緯があります。

 北岡先生が先ほどおっしゃったように、とくに知識人やエリート大学生のレベルでは、少なくとも違いを知ったうえで議論をするというボトムラインを浸透させていく必要があると思っています。ただ、現実的にはそれがかなり難しい状況がある。

北岡 中国では難しいかもしれませんが、少なくとも日本ではできると思いませんか。

加藤 日本はできると思います。

北岡 日中歴史共同研究をやったとき、向こうがもっとも嫌がり、結局、削除したのは戦後篇です。戦後篇なんて、なんてことはありませんよ。中国も普段から「戦後の日本の支援に感謝する」と言っているわけです。それを書いて何が悪いのかと思いますが、それは江沢民その他、現在まだ関係者がいて、現政府に影響するからできないと言われました。そんなことをこれからもやるのは、もうやめてほしいですよ。