創業80年、伝説の老舗キャバレー、東京・銀座「白いばら」に50年間勤務し、名店長といわれた著者が、お客様のための創意工夫をはじめて明かした『日本一サービスにうるさい街で、古すぎるキャバレーがなぜ愛され続けるのか』から、抜粋してお届けしています。
白いばらは他の高級クラブやキャバクラと何が違うの? と、よく聞かれます。そういう時、私は決まってこう答えます。
ホステスがお客さまを呼ぶのが高級クラブ。
店がお客さまを呼ぶのが白いばら。
ここまでお話ししたように、白いばらでも、ホステスが重要な役割を担っているのは間違いありません。だからと言って、ホステスの力に頼りきった営業は問題なのです。
ホステスが主役のキャバレーで「店がお客さまを呼ぶ」なんて、おかしな話に思えるかもしれませんが、このことが今日まで白いばらが愛され続けた最大の理由だと思います。
「あの娘がいる店に行こう」ではなく、「白いばらに行こう」、そう思ってくださるお客さまが白いばらを支えているのです。
実際、白いばらに通う常連のお客さまは、『白いばら』というお店自体と長きにわたるお付き合いをしてくださっています。一〇年、二〇年は当たり前。五〇年以上のお付き合いになるお客さまもいらっしゃいます。女性の常連客が水商売にしては多いことも、店がお客さまを呼んでいる証ではないでしょうか。
ホステス側の意識も同じです。白いばらのホステスに「どこで働いているの?」と聞くと、「白いばらです!」と元気よく返ってきます。
一方、高級クラブのホステスに同じ質問をすると、彼女たちは店名を答えずに、「○○さんのところ」と答えます。高級クラブのホステスは在籍している店名ではなく、オーナーや店長の名前で答えるのです。
なぜなら、高級クラブはすぐ閉店してしまうことが多いうえに、ホステス自身もあちこち店を移籍するため、帰属意識が薄いのです。
ホステスが店を移ると、高級クラブのお客さまはそのホステスを追って、通う店を変えます。つまり、店に遊びに行っているのではなく、お気に入りのホステスに会いに行っているんですね。高級クラブでは、店の要はあくまでホステスなんです。
これに対し、白いばらでは、基本的にお客さまはお店での遊びを楽しみに来店されます。もし、指名していたホステスが辞めたとしても、お客さまがそのホステスを追って白いばらから離れていくことは滅多にありません。それどころか、辞めたホステスを引き連れて、白いばらに遊びに来てくださることもよくあります。
白いばらにはホステスとお酒を飲むこと以外に、楽しい要素がたくさん詰まっています。生バンドの演奏やプロのダンサーによるショー、年間を通じて企画される各種イベント。そして、お客さまも歌ったり踊ったりと、お酒の飲めない人や女性でも十分に楽しめる場なのです。ですからお客さまは、みんなお店に遊びに来てくれるのです。
かく言う私ですが、実は若い頃は、そんな白いばらの魅力にまったく気づいていませんでした。
私が白いばらで働き始めたのは、一九六〇年、一八歳の時のことです。まだ若く、山っ気のあった私には、白いばらはただの安っぽい店にしか思えませんでした。働き始めて一年で限界を迎えました。「自分にはもっと高級な店が合っている!」と白いばらを飛び出し、銀座七丁目のとある高級クラブに移りました。そのクラブの店内は贅を尽くしてあり、ホステスも美しく、こう言っては何ですが、白いばらとは土俵の違う世界でした。私はそんな世界を“一流”だと思って憧れていたのです。
でも、それがただの虚飾であることに気づくのに時間はかかりませんでした。高級クラブのホステスたちは、大金を注ぎ込んで自分を磨き上げます。見た目だけでなく所作も美しく、新聞にも毎日目を通していて知性もみなぎっています。持ち物や衣装もきちっとしていて、寸分の隙もありません。
たしかに、彼女らの日々の節制ぶりや努力には敬服せざるを得ません。でも、完璧すぎて、人間味があまり伝わってこない印象でした。
いくら美しくても、どんなに甘い言葉をささやいても、人間的な温かさのない絵空事の世界ですから、お客さまの心もじきに離れていきます。それを彼女たちのほうもわかっていて、お客さまが通われている間に、見栄と演技の張り合いで、奪えるだけお金を奪い合う──当時の私には高級クラブはそう見えました。
私は働いてすぐに、「ここにいたら自分が自分でなくなってしまう」と感じ、白いばらに戻ることを考え始めましたが、白いばらを出てきてしまった手前、そう簡単には戻れません。一年間だけ我慢してその店にいました。
一年後に先代の社長に頭を下げに行くと、一言も咎とがめずに、私を黒服へと戻してくれました。お店に一歩入った時、私はほとばしる汗や人間のにおいを感じました。「ああ、戻ってこれてよかった。ずっとここで働こう」、そう感じたことを覚えています。
それから五〇年。お客さまはもちろん、年下の黒服に対しても、尊敬の気持ちを持って仕事をしてきました。
遠回りすることになりましたが、その時に高級クラブの世界を見てきたからこそ、あらためて白いばらの魅力に気づくことができたと、今は思っています。