9月30日、新安保法が公布された。法案の可決までに、政府与党と野党、専門家の間で激しい言葉の応酬が繰り広げられたが、議論は全く噛み合わないまま、与党が強行採決で押し切った。特に波紋を呼んだのは、憲法学者の9割が「違憲」との見方を表明したことだ。安保法案に賛成の論者はこれを“現実が見えていない”と批判。国民の意見も依然として分断されたままだ。

いったい何が問題の本質なのか。新安保法が成立した今、国民はこれにどう向き合うべきなのか。慶応義塾大学の山元一教授(憲法学・比較憲法学)に聞いた。山元教授は「憲法解釈の変更によって集団的自衛権行使を認めることは、論理的にあり得る」という立場を取りながら、「政府によるそのための論証が不十分であり、そもそも安倍政権にはその資格がない」と指摘する。(まとめ/ダイヤモンド・オンライン 河野拓郎)

憲法学者の「違憲論」もさまざま
集団的自衛権の行使容認は否定しない

――今回の安保法案には、憲法学者の9割が違憲との見方を表明しました。まずそのことの意味をお聞かせください。

新安保法はなぜ泥沼の論争に陥ったのか(上)議論は全く噛み合わないまま与党が強行採決。国会で与野党が見せた混乱は、いっそう国民の不信をあおった  Photo:AP/AFLO

 同じ「違憲」という見方でも、いろいろな立場があります。大きく分けると3つです。

 1つ目は、自衛隊そのものがはじめから違憲で、災害救助は別として自衛隊の軍事活動はおよそ違憲・違法の活動にすぎない、というものです。これは今日の日本の憲法学界でなおかなりの程度の影響力がある見解ですが、それからすれば、本法は検討の余地なく「違憲」ということになります。

 2つ目は、長年の憲法解釈を破ったので「違憲」である、もう少し強い言い方をすれば「立憲主義が破壊される」という意見です。例えば集団的自衛権の行使容認が本当に必要ならば、憲法改正を行うという選択肢があったわけで、それをこうしたやり方で行うのは「立憲主義に反し、法治国家が破壊される」と。これは言い換えると、内閣法制局が行ってきた9条の解釈が実質的な憲法の中身となった、という見方です。

新安保法はなぜ泥沼の論争に陥ったのか(上)やまもと・はじめ
1984年早稲田大学政治経済学部政治学科卒業、92年東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了、博士(法学)。新潟大学法学部教授、東北大学大学院法学研究科教授等を経て現職。専門は憲法学、比較憲法学。

 3つ目は、憲法解釈の変更の是非も含めて、今回の法案の中に問題が山積していて必ずしも説得力がないという見方。私自身はこの立場に立って、「違憲の疑いがある」と考えています。

 本法の問題点をここで一つだけ指摘するとすれば、「集団的自衛権の行使について、国会の事前承認を絶対的な要件にしない」という点です。自国が武力行使の対象となっていない状況であるにもかかわらず事前承認が要らないというのは、憲法の統治機構の観点からすると、国会軽視と言えると思います。憲法学者としては、そうした問題が一つあれば、本法は一発で「おかしい」、つまり「違憲だ」と言わざるを得ない。