人間に朝日派と夕陽派があるとしたら、自分は夕陽派だ、と吉永みち子は言う。夕陽をぼんやり眺めているのが好きなのである。朝日はまぶしくて、ぼんやりなんか眺めていられないとか。
テレビでコメントしたり、卓抜なエッセイを書いている吉永は『気がつけば騎手の女房』(集英社文庫)で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した。
彼女は野間惟道が社長をしていた『日刊ゲンダイ」で競馬記者をしていたことがあるが、あるとき、夜遅くまでみんな必死になって原稿を書いている中で、ひとり、ぷかっと煙草をふかしている男がいた。まだ20代で元気のよかった吉永は「ちょっとあんた邪魔よ。何にもなかったら帰ってよ、目障りだから」と声をかけた。
吉永は顔を知らなかったのだが、それが社長の野間だった。
しかし、そう言われて野間は怒りもせず「それもそうだな」と腰を上げた。
すぐにデスクがとんできて、吉永は、その男が社長であることを知る。
「しまった、これでクビだな」と思っていたら、逆に、それ以後かわいがられて、家に呼ばれたりした。
小生意気な女の子が競馬に目ざめ騎手の女房に
『気がつけば騎手の女房』は東京外国語大学在学中に、突然、競馬に目ざめ、競馬記者になった吉永が、なんと、伝説的騎手の吉永正人の女房になってしまうまでの、ドラマを地で行くドキュメントだが、女性の就職物語であり、恋愛物語であり、結婚物語でもあるこのドラマは、「学生ホールで初めてダービーを見る」に始まり、「下宿屋の娘、通訳に憧れる」という回想に移る。父親が60歳の時に生まれた吉永は、9歳でその父を亡くし、母親と2人で下宿屋をやっていた。
この小学生は「今思うと吹き出してしまうほど小生意気」で、下宿人がいろいろ無理を言うと、とびだしていって「ちょっとあんた、女子供だと思ってなめんじゃないよ。上等じゃないの。そんなに自分の都合ばかり並べるなら、明日から外食にしてもらおうじゃない。お母ちゃん、1人分減らしな」と、ベランメエ口調でまくしたてた。