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山崎元のマルチスコープ

「会社が潰れるとき」を筆者の経験で振り返る

山崎 元 [経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員]
【第401回】 2015年11月11日
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11月になると思い出す……
「山一證券自主廃業」の日

会社が潰れるか否か、いつ潰れるのか、中にいる社員には分からないことが多い

 山一證券が自主廃業を発表したのは、1997年の11月下旬の三連休最終日のことだった。今や毎年というわけでもないが、11月になると、当時のあれこれを思い出す。

 筆者は生え抜きではなく、前年に転職して山一に入社した社員だったが、当時、この会社に勤めていた。今年は、破綻前後の山一證券を題材としたWOWOWのドラマ「しんがり」が最近まで放映されていたこともあり、あの頃のことが例年よりもしばしば頭に浮かぶ。

 山一が自主廃業を「発表」したのは1997年の11月だったが、実際に廃業したのは翌1998年の3月のことだった。同社の自主廃業発表より前に、既に、三洋証券と北海道拓殖銀行が破綻していた。山一證券も、夏頃から株価が大きく下がり、「危ない」という声が方々から上がっていた。

 同年の秋には、信託銀行、生命保険会社など、機関投資家の中に山一が破綻した場合のトラブルに備えて、取引を手控える会社が現れており、客観的に見て破綻しても全くおかしくなかったはずだが、筆者は社内に居て「いよいよ潰れる」という実感を持てずにいたし、「いつ潰れるのか」についてはギリギリまで分からなかった。

 自主廃業の直接の原因になったのは、「飛ばし」と称せられた、最終的に二千数百億円の隠蔽された含み損の存在だった。山一に数千億円単位の損失の隠蔽があるらしいという噂は、破綻の2、3年前からメディアでも報じられていた。自主廃業発表の前年に入社する以前の筆者も、同様の噂を何度も耳にしていたし、雑誌の記者などからも聞いていた。

 当時、大手金融機関なら「隠された含み損」は大なり小なりどこにでもあるし、山一の場合、経営が立ちゆかなくなれば、どこかの外資に買われることになるだろうと、勝手に推測していた。日本長期信用銀行が、スイス銀行の傘下に入った前例もあった。また、自分としては9回目の転職でもあり、万一潰れても再就職は「何とかなるだろう」と考えて入社したのだった(外資系証券からの転職だったので、経済的には好条件だった)。

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山崎 元 [経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員]

58年北海道生まれ。81年東京大学経済学部卒。三菱商事、野村投信、住友信託銀行、メリルリンチ証券、山一證券、UFJ総研など12社を経て、現在、楽天証券経済研究所客員研究員、マイベンチマーク代表取締役。


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