「住まいがない」「住まいが劣悪」という問題は、「満足に食事が摂れない」に比べ、なぜか幅広い共感や支援に繋がりにくい。

今回は、困難を抱えた人々に対して最初に安定した住まいを提供する「ハウジングファースト」の試みについて、米国とフランスの試みから、「住まうこと」「住まうことの支援」には何が必要なのかを見てみよう。

「ハウジングファースト」は安上がり
米国では助成金の条件にも

 今回は、貧困も含めて深刻な問題を抱えた人々に対する支援の方法として注目を集めている「ハウジングファースト」について、開始されて20年以上が経過している米国・展開しようとしているフランスでの状況を中心に紹介する。

「ハウジングファースト」は、住居を含む困難を抱えた人々に対して「安定した恒久的な住まいをすぐに提供する」ことを意味する。対象は、ホームレス状態にあったり、重度精神障害・薬物依存・アルコール依存などの問題を抱えていたりする人々だ。もちろん、ホームレス状態と精神障害・依存症のすべてが、一人の人に重なっていることもある。

 このような人々の「社会復帰」に際しては、10~15年の時間をかけ、「シェルターなどの施設や病院からグループホーム、クスリも酒もやめて仕事ができることを認められたら、グループホームから一般の住まいへ」というステップを踏むことが一般的だった。しかし、「グループホームへ」「一般の住まいへ」というステップを上る前に脱落し、いつまでも一般の住まいへたどりつけないままの人々が多かった。

 発想を逆転し、「まず一般の住まいを提供する」ことを試みたのは、米国の精神科医・Sam Tsemberis氏だ。1992年、Tsemberis氏はニューヨーク市内でホームレス状態にある重度精神障害者や、同じくホームレス状態にある依存症患者に対し、シェルターではなく通常の住まいを提供した。「住まいがあればホームレス状態は終わる。簡単なことだよ」とTsemberis氏は語ったという(「Pathways to Housing」サイト内、「Pathways National History」による)。

 このアプローチは治療・社会復帰のいずれの面からも良好な成績を挙げ、その上にコストも減らせることが判明した。アパート家賃など住まいそのもののコストに生活を支援するための多様なコストを含めても、シェルターの74%、刑務所の25%、精神科病院の8%以下なのである。このことが広く評価されたため、2010年以後の米国では、「ハウジングファースト」の考え方を取り入れていない困窮者支援プログラムに対しては助成金が出にくいほどの状況となっている。

生活困窮者に「家」を提供すれば、社会保障費は削減できる「ハウジングファースト」がいかにコスト削減に結びつくかを示すグラフ。左端が「ハウジングファースト」による支援のコスト、右端が精神科病院に収容した場合のコスト(Pathways to Housing サイトより)

 今回は、2015年10月14日、東京・市ヶ谷の「JICA地球ひろば」で、医療・支援の専門家を主対象として開催された「ハウジング・ファースト国際シンポジウム  なぜ住まうことから始める(ハウジング・ファースト)と回復(リカバリー)するのか ~世界と日本の現場から~」で発表された、米国ワシントンDCとフランス・マルセイユ市での実践から、米国とフランスでの状況を紹介する。