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対談 中国民主化研究
【第10回】 2016年3月17日
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加藤嘉一,小原雅博 [東京大学法学部大学院教授]

中国への「上から目線」ではない、
戦略的交流が日本の国益につながる

——東京大学法学部大学院教授・小原雅博×加藤嘉一

いまや世界第二位の経済大国に成長し、米国と覇権を争う存在となった中華人民共和国。その頂点に君臨する人物こそ、現国家主席の習近平である。習近平は中国をいかに先導しようとしているのか。在シドニー総領事、在上海総領事などを歴任し、現在は東京大学法学部大学院教授を務める小原雅博氏と加藤嘉一氏の対話を通じて、超大国・中国の実情に迫る。対談最終回。

どんな中国が日本の国益にとってプラスなのか



加藤嘉一(以下、加藤) 小原さんには、中国が経済的のみならず、政治的、社会的にも“ソフトランディング”するために、日本にできることは何か、というテーマもお伺いしたいと思います。いまの中国が直面している、所得格差の問題、環境の問題、バブルの問題、米国との通商摩擦の問題、そして少子高齢化の問題などはすべて戦後の日本が直面してきた問題であり、中国社会の持続可能な発展を促すうえで日本にできることはあると私は考えています。長年、外交官として中国と付き合ってこられた小原さんの目から見て、いかがでしょうか?



小原雅博(こはら・まさひろ)
東京大学法学部大学院教授
東京大学卒業、カリフォルニア州立大学バークレー校修了(アジア学、修士)、立命館大学より博士号(国際関係学)。外務公務員上級試験合格後、1980年に外務省に入省し、国際連合日本政府代表部参事官、アジア局地域政策課長、経済協力局無償資金協力課長、アジア大洋州局審議官、在シドニー総領事、在上海総領事などを歴任。著書に、『東アジア共同体』『国益と外交』(以上、日本経済新聞社)、『「境界国家」論』(時事通信出版局)、『チャイナ・ジレンマ』(ディスカバー・トゥエンティワン)など多数。

小原雅博(以下、小原) 日本に何ができるか、との問いかけは、隣国中国との関係を考えるうえで重要です。気をつけるべきは、なぜ中国の持続的発展を促すべきかという、そもそも論をスキップしてしまわないことです。

 一つのアプローチは、どんな中国が日本の国益にとって望ましいかを考えることです。そして、望ましい中国になってもらうために日本として何ができるだろうか、と考えることが日本の国益に資する政策論です。それが中国の目指す目標と合致すれば政策論としてはベストです。


 その観点から論じれば、中国共産党指導部が社会の安定を最重視していることはすでに述べた通りですが、中国社会の安定は日本にとっても重要です。日本にとって中国は最大の貿易パートナーであり、日本企業は製造業を中心に巨額の投資をしています。
たとえば、私が上海の総領事として管轄していた華東地域には2万社の日本企業が進出し、頑張っておられます。これら企業の社員とその家族の安全や投資の保全は私の最優先任務でしたし、日本の国益でもあります。

 総領事として感じたことですが、中国との貿易、投資、金融など経済の相互依存は相当に深まっています。この点、第一次大戦前の英国とドイツは経済相互依存が高かったにもかかわらず、戦争になったとの指摘もされますが、日本の対中投資を始めとするウィン・ウィンの日中経済関係は日中関係全体を支える基盤として極めて重要です。

 そもそも平時においては、国家の指導者にとって経済ほど重要なものはありません。外国との貿易や投資を発展させ、国民の生活を豊かにすることが政権の正統性につながり、政権基盤を安定させることに直結します。その意味で、中国にとっても日本との経済関係は重要です。日本にとっては中国が安定し、日本企業の経済活動が順調に進展することが必要です。安定した中国との安定した経済関係の維持は日本の国益なのです。逆に、中国が混乱すれば、日本に様々な影響が及ぶのは避けられません。

 また加藤さんが指摘された、都市化、環境汚染、少子高齢化といった問題は、日本が直面してきた問題であり、日本は中国に対してその経験やノウハウ、技術などを提供できます。それをビジネスとして成功させることができれば日中間のウィン・ウィンが成立します。中国にとっては、「民生」と呼ばれる分野での問題解決のためには日本との協力が欠かせないということを意味します。たとえば、中国の大気汚染は深刻で、国民の不安や不満を掻き立てる社会問題となっており、それはまた日本にも影響を与えています。すでにさまざまな形で日本企業が関わってきていますが、そうしたウィン・ウィン関係をより広げていくことは可能であり、両国の国益にも資するものです。

 では、「安定した」中国に加えて、さらに、どんな中国が望ましいでしょうか。私は「国際化した」中国を望みます。「安定した」中国が経済的により開かれ、より透明度が高く、より国際的ルールに則った市場となっていくことを望んでいるのです。さらに望むならば、環境破壊や格差や腐敗を減少させながら持続的成長を続けることによって、中国が目指してきた「和諧社会」が実現することを期待しています。

 そうなっていくなかで、過剰なナショナリズムが落ち着き、周辺国、そして国際社会とより協調し、より協力し、世界の平和と繁栄に貢献する、そんな中国になってほしいと思います。上海はそんな可能性を秘めた国際都市です。多くの学者、ビジネスパーソン、文化人と交流し、多くの友人をつくりましたが、皆さん、驚くほど国際的な視野や多様で柔軟な視点を持っておられ、とても印象的でした。

 私は「中国の上海化」と名付けた概念を用いて、中国の将来について話をすることがあります。広大な中国には、抗日ドラマで描かれた日本しか知らず、日本人を「日本鬼子」と侮蔑する中国人も少なくありません。中国の将来は果たして上海化と非上海化のどちらに収斂するのか、下手をすれば国際化された中国とナショナリスティックな中国の間で深刻な分裂と対立が生まれるかも知れません。この点で、現在の日本観光ブームは「上海化」を後押しするチャンスです。また、以前中国から相当数の高校生を招聘するプログラムを担当したことがありますが、高校生たちは、日本の成熟した社会や民度の高さに感心して帰国します。上海は対外的な交流の窓口、センターです。世界とつながる上海を起点に「国際化した」中国になるよう、日本ができることは少なくありません。

 そして、最後に来るのが「自由な」中国です。これは、価値をめぐる問題であり、望ましい中国といっても展望があるわけではなく、現在の中国では極めてセンシティブなテーマです。すでに議論した話とも関係しますが、中国の将来を論じる際に常につきまとうテーマ、すなわち中国の政治の中で、自由、民主主義、人権、法治といった普遍的価値をどう取り扱っていくのかという問題です。

 拙著『「境界国家」論』の中でも書きましたが、多くの構造的問題が深刻化するなかで、和諧社会や平和発展といったテーマはどこかに置き去りにされ、党は大衆の不満や少数民族の動向に神経質になり、社会の監視や統制の強化に走る、そんな傾向が強まっているようにも見えます。

 日本では「価値外交」が提唱されてきましたが、中国の「和平演変」への警戒感は依然強いものがあります。中国指導部が過剰な警戒感に支配されれば、「核心利益」でもある自らの体制擁護のために、なりふり構わぬ強硬姿勢に凝り固まってしまう可能性もあります。価値を振り回すことはしないが、現実の中国を日本にとって望ましい中国に近づけていく努力は放棄しない、そんな賢明で粘り強い、したたかな外交が日本には必要だと思います。そして、そうした努力は、志を同じくする諸国(like-minded countries)とともになされる必要があります。私は、「自由な中国」を荒唐無稽なアイデアであるとは思っていません。

加藤嘉一(かとう・よしかず)
1984年生まれ。静岡県函南町出身。山梨学院大学附属高等学校卒業後、2003年、北京大学へ留学。同大学国際関係学院大学院修士課程修了。北京大学研究員、復旦大学新聞学院講座学者、慶應義塾大学SFC研究所上席所員(訪問)を経て、2012年8月に渡米。ハーバード大学フェロー(2012~2014年)、ジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院客員研究員(2014〜2015年)を務めたのち、現在は北京を拠点に研究・発信を続ける。米『ニューヨーク・タイムズ』中国語版コラムニスト。日本語での単著に、『中国民主化研究』『われ日本海の橋とならん』(以上、ダイヤモンド社)、『たった独りの外交録』(晶文社)、『脱・中国論』(日経BP社)などがある。

加藤 そこに日本ができることはありますよね。
​


小原 中国を変えていく開明的なリーダーがさまざまな分野で育っていくようにお手伝いすることも重要だと思います。たとえば、留学生の受け入れやヤングリーダーズの交流を拡大することです。私もこの分野で微力を尽くしたいと思っています。

 また、日本は成熟した法治国家です。赤信号一つとってもそうですが、日本を訪問した中国人は日本人の遵法意識の高さに驚きます。国際法を破るようなこともしませんし、ルール社会の優等生です。それは日本のソフトパワーだと言えます。中国との交流や接触のあらゆる機会を活用してこのソフトパワーを発揮することです。

 すでに述べた通り、安定した中国は必要ですが、その範囲で中国が望ましい方向に変化していく、それが日本の国益に資すると言えます。
政治の変化は2つの方法で起こります。下からの革命的な民主化なのか、それとも賢明なリーダーによる上からの政治改革なのか。前者は天安門で挫折しましたし、仮に将来起きたとしても、その過程や結果が日本の国益にとってプラスになるとは限りません。多様なシナリオを考えておく必要はありますが、現実的に考えれば、後者の道を想定しつつ戦略を立てるべきでしょう。そして、戦略は日本のソフトパワーを駆使したものとなるべきです。



加藤 中国の面子の文化と日本の恥の文化は似ていますし、うまく使えると思います。信号を守らない、列に並ばない、スリッパを揃えないことは恥であり、それはすなわち面子が潰れることであるとわかってもらえばよい。極端な言い方すると、「法治を伴わない、自由を重んじない社会は面子を失うことになる」と思わせることができるかどうかでしょう。



 中国の知識人の多くは「中国人民の素養はまだまだ備わっておらず、民度も低い。こんな状況で選挙なんかできない。社会が大混乱する」という論を展開します。そうではない土壌をつくっていくために、日本が人的な交流、精神の交流、価値の交流によってできることはあり、改革・開放以降、日本企業が物質的利益を求めて出ていったのと同じぐらいのインパクトを持つと考えています。

 自尊心の強い中国の知識人がこれからもずっと、「中国人は民度が低いから選挙はできない」という論を堅持していくとは思えません。中国が、「我々はまだ発展途上国ですから責任は負えない」と言い続けることが許されないように、です。



小原 賛成です。傲慢になってはいけませんが、増大する中国人の日本観光も単なる観光に終わらせるのではなく、国家の関係や中国の変化という視点を持って政府が積極的に関与し、いかなるアピールやメッセージを持って帰ってもらうのか。戦略的な観光政策を早急に策定し、推進する必要があると考えています。もちろん、同時に受け入れ能力の強化が図られる必要があることは言うまでもありません。

 また、その際に忘れてならないのが地方の振興です。人口が減り、高齢化が進み、衰退する地方の状況を変えられるのは、ひょっとしたら中国からのお客さんかもしれません。空気がきれいで、自然に恵まれ、伝統文化が残る地方であれば、中国人も十分楽しめますし、そこから地方も活力を得ることができます。さらに相互理解の増進も期待できます。そんな好循環を実現できれば、日中関係の将来にとっては非常にプラスですよ。



加藤 そこは大いに可能性があると思います。私の周りでも、「田中角栄の新潟」や「坂本龍馬の高知」という視角で地方に足を運ぶ人が増えています。中国からの来日者を有機的に活かせなかったとしたら、それは我々のキャパシティの問題であり、マインドの問題ではないでしょうか。

小原 そうですね。残念なのは、日本人の中に見え隠れする「上から目線」です。公衆道徳やマナーの面で問題があるとしても、中国人を見下すようなメンタリティでは日本のソフトパワーは機能しないし、そんな姿勢で中国と向き合うなら、日中関係は長期的にも難しくなる。

 歴史の文脈において、日本は中国からたくさんのことを学びましたよね。「偉大な復興」を遂げ、自信を持ち始めた中国人に対し、上から目線で接するなら、面子という観点からも中国人は反発しますよ。

 中国の歴史への配慮を忘れず、そして彼らの面子も立てながら、上手に彼らのエネルギーを取り込んでいく、そんなスマートなやり方、賢いやり方ができるか。それが日本の経済復興や日中関係の安定的発展を左右します。勇ましくナショナリズムを掻き立てて、いたずらに反中感情を煽るような行為は、日本の長期的な国益にはつながらないでしょう。



加藤 おっしゃる通りだと思います。久しぶりに議論させていただき、とても楽しく、勉強になりました。ありがとうございました。



小原 こちらこそ、ありがとうございました。

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加藤嘉一 

1984年生まれ。静岡県函南町出身。山梨学院大学附属高等学校卒業後、2003年、北京大学へ留学。同大学国際関係学院大学院修士課程修了。北京大学研究員、復旦大学新聞学院講座学者、慶應義塾大学SFC研究所上席所員(訪問)を経て、2012年8月に渡米。ハーバード大学フェロー(2012~2014年)、ジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院客員研究員(2014〜2015年)を務めたのち、現在は北京を拠点に研究・発信を続ける。米『ニューヨーク・タイムズ』中国語版コラムニスト。日本語での単著に、『中国民主化研究』『われ日本海の橋とならん』(以上、ダイヤモンド社)、『たった独りの外交録』(晶文社)、『脱・中国論』(日経BP社)などがある。

 

小原雅博(こはら・まさひろ) [東京大学法学部大学院教授]

東京大学卒業、カリフォルニア州立大学バークレー校修了(アジア学、修士)、立命館大学より博士号(国際関係学)。外務公務員上級試験合格後、1980年に外務省に入省し、国際連合日本政府代表部参事官、アジア局地域政策課長、経済協力局無償資金協力課長、アジア大洋州局審議官、在シドニー総領事、在上海総領事などを歴任。著書に、『東アジア共同体』『国益と外交』(以上、日本経済新聞社)、『「境界国家」論』(時事通信出版局)、『チャイナ・ジレンマ』(ディスカバー・トゥエンティワン)など多数。 


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