いまや世界第二位の経済大国に成長し、米国と覇権を争う存在となった中華人民共和国。その頂点に君臨する人物こそ、現国家主席の習近平である。習近平は中国をいかに先導しようとしているのか。在シドニー総領事、在上海総領事などを歴任し、現在は東京大学法学部大学院教授を務める小原雅博氏と加藤嘉一氏の対話を通じて、超大国・中国の実情に迫る。対談は全3回。

中国だけにいても中国はわからない

加藤嘉一(以下、加藤) 長く中国を中心としたアジア太平洋外交に従事されていた小原さんは、在シドニー総領事、在上海総領事を経て、現在は東京大学で教鞭を採られています。外交官から研究者への転身ですね。ご著書『日本走向何方(日本はどこに向かうのか)』の中国語訳を担当させていただいた頃から、小原さんがアカデミズムを重視され、それに対するこだわりも肌で感じていたので、私自身にはそこまで大きなサプライズはありませんでした。どのような経緯で現在に至り、就任されたときはどんな心境だったのでしょうか?

小原雅博(こはら・まさひろ)
東京大学法学部大学院教授
東京大学卒業、カリフォルニア州立大学バークレー校修了(アジア学、修士)、立命館大学より博士号(国際関係学)。外務公務員上級試験合格後、1980年に外務省に入省し、国際連合日本政府代表部参事官、アジア局地域政策課長、経済協力局無償資金協力課長、アジア大洋州局審議官、在シドニー総領事、在上海総領事などを歴任。著書に、『東アジア共同体』『国益と外交』(以上、日本経済新聞社)、『「境界国家」論』(時事通信出版局)、『チャイナ・ジレンマ』(ディスカバー・トゥエンティワン)など多数。

小原雅博(以下、小原) 東大法学部からお話をいただいたときは、青天の霹靂でした。退職後に学問の道に入れればいいな、との漠然とした希望は頭の片隅にありましたが、外務省を辞めてまでの転身は考えていませんでしたから。ずいぶん迷いましたが、東大の熱意と、ある方から頂いた福沢諭吉の「一身二生」という言葉に押されて、昨年秋に東大に移って来ました。

 国際問題には誰もが納得する答えはありません。「reasonable」で「workable」な解を求めて、歴史や文化や言葉を学び、社会の奥深く分け入って体験し、専門家の先行研究に目を通して、思索を深めていく。そんな努力の先に出口が見えてくるのだと思っています。東大での最初の学期は、30人のゼミ生を持ち、さまざまな国際問題を取り上げて議論しましたが、学生たちの問題意識は高く、私自身が多くのことを学びました。実務と理論の統合という目標はまだ遠くの彼方にありますが、毎日勉強できる喜びが私を支えてくれています。

 私の研究室には、中国の書道家に書いていただいた「人間万事塞翁失馬」という書画が掛かっています。そんな心境で、淡々と真理を追究して行ければいいなと思います。

 加藤さんも中国を離れてからいろいろあったでしょう?

加藤 はい。2012年7月に一旦中国を離れて米国で研究を続けていましたが、いまは米国に行って本当によかったと思っています。ハーバード大学ではエズラ・ヴォーゲル先生をはじめ、さまざまな先生と会えましたし、中国研究の先輩方がどのように東アジア見ているのかを学べました。また、米国という社会やそこにおける価値観や制度を理解するきっかけにもなりました。米国で生活し、米国で議論してきた日本人という立場で、これから中国に対して発信していくことは意味があると思っています。

 いまはふたたび中国に戻って生活していますが、胡錦濤政権から習近平政権に代わり、言論をはじめとするさまざまな統制が強まっている印象はあります。いまの環境で、どのようなスタンスと距離感で中国と付き合っていくかに関して、唯一無二の回答などないと実感しています。ただいずれにせよ、中国と長く付き合っていくうえで、米国での経験が有意義だったと自分の中で証明できるように、と考えています。

小原 加藤さんは中国で活躍されていた頃から、中国を理解するためには米国を理解する必要もある、とおっしゃっていたことを印象深く覚えていますよ。日本には中国専門家がたくさんいますし、その水準は世界でもトップクラスだと思います。欠けている点があるとすれば、中国はしっかり観察している反面、世界の動きまで観察するという域には達していない点でしょうか。

 中国はいまや、世界第二の経済大国として大変な影響力を持つようになりました。それは、上海で多くの中国人ビジネスマンと付き合って体感しました。IMF(国際通貨基金)など既存の国際システムにおける地位もそうですが、AIIB(アジアインフラ投資銀行)の創設に見られるように、中国自身が新たな国際経済秩序の形成に向けて動き出しています。そうした動きは、国際政治の分野でも見られます。そこには、大復興する中国と世界との間での相互作用、綱引きという側面があり、それがこれからの中国の行方、世界の秩序を考えるうえで非常に重要になってくるということです。

 その意味で、中国を語るプロは、中国という巨像を様々な視点から観察するだけでなく、同時に世界の動きにも目を配り、たとえば米国の対中政策や留学生を含めた華人の動向などについても勉強する必要があるでしょう。そうしたプロがいま求められています。その意味で、加藤さんが米国に行かれたことはよかったと思いますね。

加藤 おっしゃる通り、中国に対して多角的なアプローチがなければ、あの国の台頭がもたらすインパクトを説明しきれないと思います。また、日本は中国研究に関して世界トップクラスであることも賛成です。私は米国でそれを感じました。あとは、その潜在力をいかに発信につなげていくかではないでしょうか。米国を中心とした国際社会、そして激動の転換期にある中国社会への発信という意味において、ですね。