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地元参加型FM局『渋谷のラジオ』が挑む新しい街作り

田中久勝
2016年5月14日
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100年に1度の大開発をしている渋谷の街。変わりゆく街の中で、新しくも懐かしい「ラジオ」という地域メディアが、先日立ち上がった。その名は『渋谷のラジオ』。この開発中の街で、『渋谷のラジオ』はどんな役割を担っていくのだろう。(取材・文/田中久勝)

大手企業から商店街までが興味津々
なぜ今「ラジオ」なのか

 4月1日、ミュージシャン福山雅治の開局宣言とともに、東京都・渋谷区のコミュニティFM局「渋谷のラジオ」の本放送がスタートした。広告界の鬼才として知られるクリエイティブディレクター・箭内道彦氏が中心になっているということで、何か面白いことができるのでは?という企業側からの期待値は大きく、渋谷区に本社を置く企業を始め、様々な企業がすでに興味を示している。

箭内道彦さん(左)が中心となって発足した『渋谷のラジオ』。かつて『渋谷系』を象徴する存在だった『ピチカート・ファイヴ』のボーカリストとして活躍した野宮真貴さん(右)も参画し、“人と人をつなげる場所”としてのラジオ局を目指す Photo by Toshiaki Usami

 2013年に閉局した「SHIBUYA-FM」の後を受け、地元住民、商店会、そして自治体も熱望していた3年ぶりの地元密着型のラジオ局のスタートに、当日は長谷部健・渋谷区長も駆けつけた。「渋谷のラジオ」を運営するのはNPO法人「CQ」。その代表理事で、「渋谷のラジオ」理事長を務めるのが箭内さんだ。広告界の鬼才がなぜ、今ラジオなのだろうか?

 「まずラジオが好きということ、そして2011年の東日本大震災以降はラジオの力を目の当たりにし続けてきた5年間だった。災害情報を届けてくれたり、人と人とをつなげたり、地域を盛り上げたり。テレビから音楽が消えたあの何週間、最初に音楽が流れ始めたのもラジオだった。ラジオの役割の大きさに僕だけではなく、みんなが気づき始めたと思う」(箭内さん)

 ネットの登場からラジオをオールドメディアと呼ぶ人も多かったが、東日本大震災以降、その存在意義が見直された。箭内さん自身、ラジオ番組やフリーマガジン『風とロック』を手がけ、東日本大震災後には東北地方でも活発に活動を続けてきた。

 「震災がきっかけで、人と人がつながったり助け合ったりすることって、困難を乗り越えていくときの大きな力になるということを実感し、それが渋谷にも必要だと思った」(箭内さん)

 「渋谷のラジオ」の運営は、市民ファウンダーと呼ばれる個人出資者からの会費(1口1万円、次年度から5000円)が大きな柱になっている。モデルになっているのはサッカーのスペインリーグ「FCバルセロナ」だ。16万人のソシオ(会員)によって同クラブが支えられているように、「渋谷のラジオ」も多数の「個人」に支えられ、企業などからのサポートも募り、運用基盤を固めている。

 「渋谷という世界最大のローカルな場所で、“地面”で実験するという感覚を持っている企業が興味を持ってくれている。人の顔が見えて人と人が向き合っている場所で何か面白いことが起きるんじゃないかと思っているのは、ナショナルクライアントなのではないかと漠然と思っている。そこでやった実験を、全国に応用していこうとしているのでは?」

 箭内さんは企業サイドの「渋谷のラジオ」に対する“興味”をそう分析している。

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