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日本人が知らない本当の世界経済の授業
【第7回】 2016年5月31日
著者・コラム紹介バックナンバー
松村嘉浩

これって、セカイノオワリの始まりなの?:イスラム国は“賢者の石”から生まれた

各方面から絶賛されたストーリー仕立ての異色の経済書に、1冊分の続編が新たに加えられた『増補版 なぜ今、私たちは未来をこれほど不安に感じるのか?』が発売され、大きな話題を呼んでいます。

その一部を紹介し好評を博している本連載ですが、今回より、いよいよ「続編」部分の公開がスタート。世界中で起きるテロ事件の本当の原因を、1000年前の十字軍にまで遡る「世界史的な視点」で解説します。
(太字は書籍でオリジナルの解説が加えられたキーワードですが、本記事では割愛しております。書籍版にてお楽しみください)


 

これって、セカイノオワリの始まりなの?

とても眠れやしない。と、絵玲奈は思った。

乗客はみんな平静を装っているけれど、きっとみんな自分と同じような気持ちに違いない。パリから成田への直行便は、鉛のような重苦しい空気に包まれているようだ。

仕方ない、音楽でも聴こう。とりあえず、明るいJPOPでも。

“…正義を生み出した神様 聞こえていますか?あんなものを生み出したからみんな争うんだよ……(『天使と悪魔』)”

きゃ~、ここでセカオワなんて、ちょっとシュールすぎない……こういう曲は外しておいてよ。重~い……。

絵玲奈は航空会社の無神経さに腹を立てた。

           ◆      ◆

 「本当に大変だったんですよ。聞いてくださいよ、教授」
いつものように、ぼー、としている教授に、絵玲奈は興奮しながら訴えた。

 「いや、パリのテロの日に、パリにいるなんて、それは貴重な体験でしたね」

 「貴重なんてもんじゃないです!もうホント怖くて、ホテルにこもりっきりで……。そもそも、教授が学生のうちにいろいろなところを見に行くといいって言うからそれを真に受けたら、大変な目にあいましたよ」

 「私のせいですか……」

 「そうですよ。いったい世の中どうなっちゃうんですか?《漠然とした不安》じゃなくて、ものすごく本気で《不安》になってきました。イスラム国っていったいなんなんですか?世の中いったいどうなっちゃうんですか?」
絵玲奈は、楽しいはずのパリの旅行が殺戮の光景に変わったことの衝撃で、矢継ぎ早に質問を浴びせかけた。

 「そう思うのも無理はないですね……。でも、世の中どうなっちゃうみたいな話はまた今度、ゼミ以外のときに話しましょう。で、今日からは、さすがにちょっとは経済学をやりましょう」

 「え~、今日話してくださいよ。経済学なんて今、頭に入らないです」

 「そうはいっても、さすがに少しは経済学をやらないと。ず~っとぜんぜん違うことばっかり教えてるのがバレたら、さすがにヤバいし……」

 「教授、私結構がんばっていて、ゼミの代わりになる8単位を取る目処がついてるんです。つまり、いつでも私はゼミをボイコットできる立場にいるんですよ。私が、いなくなったら困るのは教授のほうじゃないんですか?」
絵玲奈は、ひよる教授に例によって力強く恫喝した。

 「…………」

 「これからの世の中って、いったいどうなっちゃうんですか?」
絵玲奈はしつこく訊いた。

 「……わかりました。仕方ないですね。じゃあ、これまでのお話の続きをしましょうか」

 「やったー」
めんどくさそうな経済学を回避できて絵玲奈は素直に喜んだ。

 「例えば今回のようなパリのテロを起こしたイスラム国がメチャメチャなのは世界中が知っていることなので、イスラム国はヒドイし、悪魔だと言うのはカンタンです。でも、こういうメチャメチャなことが起きてしまうというのは、なんらかの原因があるはずです」

 「何事にも“原因があるから結果がある。物事の本質を知るには原因に立ち返る必要がある”ですよね!」
絵玲奈は、教授の口癖を言った。

 「そうです。結論から言いましょう。イスラムが“賢者の石”のようにされてきたことが最終的にイスラム国のようなメチャメチャなものが生まれてきた原因なのです」

 「出た!“賢者の石”」

 「我々は、イスラム国がヒドイことをしているのを見て、イスラム教がコワいとか、悪魔だというイメージを持ってしまいがちですが、実際には、イスラム教徒をそういう行動に走らせるような憎悪を生んだキリスト教側に問題があると私は思っています」

 「それって4回目のゼミ」(『増補版 なぜ今、私たちは未来をこれほど不安に感じるのか?』参照)で教えていただいたイギリスが、みんなにいい顔をしてインチキな約束をして中東をメチャメチャにした、という話と関係しているんですか?」

 「そうですよ。およそ100年前、イスラムの大国、オスマン帝国を第1次世界大戦で亡ぼすにあたって、イギリスが、アラブ人、ユダヤ人、ロシア・フランスの3者と矛盾する約束をして、オスマン帝国を分割する話ですね。その結果、クルド人は分割され、イラクやシリアのような人造国家が生まれ、ユダヤ人の国のイスラエルが生まれる伏線となったわけで、現在の中東の火種の根本的な原因というわけです。でも、本当の原因はもっと前に遡る必要があるのです」

 「もっと前って、いったいどのくらい前なのですか?」

 「およそ1000年前です」

 「え~、そんな古い話が今にまだつながっているんですか?」

 「ええ。およそ1000年前の十字軍が、根源ですね」

 「十字軍ってキリスト教徒が、イスラム教徒と戦うやつですよね」

 「そうです。聖地エルサレムをイスラム教徒に占領されて、巡礼ができないとしてキリスト教徒がイスラム教徒に戦争を仕掛けてエルサレムを奪還しようとするのです。

 この十字軍というのが、じつは大混乱の始まりなのです。十字軍がエルサレムを奪還するにあたってエルサレムにいたイスラム教徒のみならずユダヤ教徒も、女子供もすべて皆殺しにしてしまうのです。エルサレムの街がすべて血の海になってしまう、その凄惨さはすさまじいものだったのです。

 しかも、聖地奪還という宗教的な大義名分とはかけ離れたような金儲けのための略奪・暴行行為を行ないました。イスラム側から見るとまるでカルトで野蛮な強盗殺人集団に突然、襲われたようなものだったと思います」

 「世界史の教科書にはそんなこと書いてなかったと思いますけど……」
絵玲奈は、驚きを隠せなかった。

 「それは歴史というのは常に“勝者”が書くものだからですよ。現在の社会はキリスト教側が勝者で、歴史が欧米を中心にして書かれるから、ということが大きいでしょう」

 「ということは、今のイスラム教とキリスト教のいざこざは、キリスト教がそもそもまいた種っていうことですか?今は十字軍の延長ってことですか?」

 「……残念ながら、ずばり言えばそういうことになります。さらに言えば、聖地エルサレムをイスラム教徒に占領されて、巡礼ができないというのは、実際は言いがかりだったのです。4回目のゼミでも少し話しましたが、イスラムの世界はじつは他宗教に対して寛容です。イスラムに征服された人たちもイスラムに改宗を強要されることもなく、税金さえ払えば特になんの問題もなかったのです。ですから、聖地エルサレムにはユダヤ人もキリスト教徒もいたわけですし、キリスト教徒が巡礼することにも支障はありませんでした。イスラム側とすると理不尽極まりない話だったのです」

 「4回目のゼミで伺った世界システム論で、キリスト教世界が海に乗り出して、めちゃくちゃやってきた話を伺いましたが、その前にもずいぶんなことをやってたわけですね……」
絵玲奈はため息をついた。

 「第1次世界大戦でイギリスがめちゃくちゃにしたあと、第2次世界大戦後の覇権国のアメリカも中東に介入してめちゃくちゃにしてしまいました。直近のブッシュJr.大統領は、原理主義的なキリスト教福音派から支持されていて、イラクを悪の枢軸と呼んで、攻撃したわけです。そしてイラクの独裁者フセインを倒したら、イラクは良くなるどころかより貧しく悲惨な国になって、その結果イスラム国が生まれてしまいました

 「でも、普通のキリスト教徒の人たちもいっぱいいますよね。キリスト教に詳しくないですけど、キリスト教の人たちがみんな悪いってわけじゃないですよね?」

御影家は普通の日本の家で、特にキリスト教に思い入れはないけれど、絵玲奈はミッション系の女子高に通っていた。キリスト教徒だった高校の恩師が悪い人間とは、絵玲奈にはとても思えなかった。

 「もちろんです。そもそもキリストは、汝の敵を愛せと言っているくらいですから、本来は愛の宗教で平和的なはずです。一般のキリスト教の信者が問題なのではありません。それはイスラム教だって同じことですよ」

 「ですよね~。安心しました」
絵玲奈が何に安心したのかまったく気にしない様子で教授は話を続けた。

 「権力や経済的な利権のために、宗教を政治利用してしまったことが問題なのです。さっき話した十字軍はその典型です。ローマ教皇は権力を拡大しようとし、封建領主には領土的野心があり、イタリア商人は商圏を拡大して利益を得ようとして、皆が私利私欲のために宗教を利用したわけです」

 「自分たちの私利私欲を隠すために、自分の神様が正しくてそれ以外は間違えているとした、ということですか?」

 「そうです。邪宗のイスラム教徒がキリスト教徒を迫害して聖地エルサレムを占拠しているので、キリスト教徒のために取り返さなければならない、と宗教的な“大義や正義”を掲げたのですが、その“大義や正義”は欲を覆い隠すためのものだったというわけです。

 現在のアメリカのやっていることも、実際には中東の石油利権が絡んでいるのに、それを覆い隠す“正義”を掲げて戦争しているので、十字軍と同じロジックというわけですね」

 「“正義”を振りかざすってじつはうさん臭いことなんですね……」

“……正義が支配する最悪な世界ではマジョリティーこそが「正しい」とみんな「間違える」!? 「正義」を生み出した神様 聞こえていますか あんなものを生み出したから みんな争うんだよ……”セカオワの『天使と悪魔』の歌詞が絵玲奈の頭をよぎった。

 「ことさらに自分が正しいという“正義”を主張するのは逆に疑ったほうがいいということですね。ハリウッド映画や日本の時代劇のような単純な勧善懲悪は現実にはあり得ないということです。

 話を戻しますと、キリストが説いたのは“汝の敵を愛せ”という世界ですから、キリスト教というのはずいぶんキリストが説いたこととは違う方向にいっちゃったわけです。とりあえず、ユダヤ・キリスト・イスラムの3つの宗教の基本を整理しておきましょう。この3つの宗教は仲が良くないのでまるで違う宗教のように思うかもしれません。でも、実際は同じ神様を信じているのです」

 「え~、じゃあ、ユダヤの神様とイスラム教の神様は同じってことなんですか???」

※[JASRAC 1604032-601]

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松村嘉浩(まつむら・よしひろ)

1989年神戸大学経済学部経済学科卒(数理経済学専攻)。
1989年にゴールドマン・サックス証券に入社し、メリルリンチ証券を経て、1996年にドイツ証券に入社。
ドイツ証券で円債トレーディング部長を務めた後、バークレーズ・キャピタルに移籍し2011年に引退。
主に円債トレーディングおよび自己勘定トレーディングに従事。
2015年に今回の新著の前半部分となる『なぜ今、私たちは未来をこれほど不安に感じるのか?』を発表し、話題を呼んだ。


日本人が知らない本当の世界経済の授業

投資家、経営者、コンサルタント、アートディレクター、官僚、学生など、各方面から絶賛された異色の経済書に、1冊分の続編が新たに加えられた『増補版なぜ今、私たちは未来をこれほど不安に感じるのか?』が発売されました。この連載ではその内容の一部とともに、同書の示す未来と世界観を別の角度から紹介します。

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