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“現状維持”が最悪の選択である
【第9回】 2016年6月9日
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井堀利宏

年金・医療制度、選挙制度においても
「敬老原則」は普遍的なものではない
出口治明・ライフネット生命保険会長×井堀利宏・東京大学名誉教授対談【後編】

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経済成長率がマイナスに落ち込む見通しの日本では、増大する一方の年金・医療をどのような制度でまかなっていくのか、そして、若者の声を政治に届けるための選挙制度とはどのようなものか? 政治・経済問題にも詳しい出口治明・ライフネット生命保険会長と、『消費増税は、なぜ経済学的に正しいのか』を上梓した財政学の第一人者である井堀利宏・東京大学名誉教授が、縦横無尽に語り合います。

茨の道をいく成長か、心地よい停滞か?
国の行く末をどちらか選ぶ必要がある

井堀 日本の経済成長率は、御存知のように高度成長期だった1970年代前半を過ぎてからは、ずっと下落傾向にあります。人口が減るなか景気の変動をならして、雇用や資本がうまく生産に投入されたときの潜在的な成長率でも0の近傍だと思うんです。今後はさらに勤労世代の人口が減りますから、女性や高齢者の活性化は大事ですけれど、それだけでは追いつかない。余程の生産性の上昇、つまりイノベーションが起こらない限り、日本の経済成長率は今後マイナスにならざるを得ないと思います。

出口治明(でぐち・はるあき)さんプロフィル ライフネット生命保険代表取締役会長。1948年三重県生まれ。京都大学卒業後、1972年に日本生命保険相互会社入社。企画部や財務企画部にて経営企画を担当するとともに、生命保険協会の初代財務企画専門委員長として、金融制度改革・保険業法の改正に従事する。ロンドン現地法人社長、国際業務部長などを経て、同社を退職。2006年に生命保険準備会社を設立し、代表取締役社長に就任。2008年の生命保険業免許取得に伴い、ライフネット生命保険株式会社を開業。2013年6月より現職。『生命保険とのつき合い方』(岩波新書)、『日本の未来を考えよう』(クロスメディア・パブリッシング)、『「全世界史」講義I・II』(新潮社)など著書多数。(撮影:疋田千里)

出口 2060年の人口は8000万人になるという推計もあるぐらい。ですから、潜在成長率は0.2とか0.3とかいろいろな推計はありますが、まあそんなところだということですね。

井堀 そう、しかも、高度成長期を支えたのは米国などの成功例を真似るキャッチアップモデルでしたが、今や経済のフロントランナーになってしまった。イノベーションが求められていますから、それには失敗を許容する文化や、様々な人のアイデアをのみこむ多様性も必要でしょう。そうしたイノベーションに適した土壌づくりと、日本人の多くが望む非常に均質的な社会の“安心・安全”の規範とはなかなか両立しがたい。心地よいのだけれど、イノベーションには向かない社会ですよね。

出口 つまり、心地よさをキープするなら、衰亡してゼロ成長を甘受するしかない、というトレードオフですね。
  ただし、ゼロ成長だと、税金はどこかの段階で相当上げざるを得ない。すごくおおざっぱに言えば、消費税は25%以上と高くなるけれど、欧州諸国のように暮らしやすい社会を維持することで、GDPの世界シェアが落ちていくのを我慢するか、あるいは米国のように多様性を取り入れ失敗を許容するような社会の構造改革に果敢にチャレンジして、その代わり成長もするしワクワクするような社会を新たに作っていくのか。その場合は、もしかしたら税金は25%とか30%まで上げなくてもよいかもしれない。結局、どういう国を作りたいのか、グランドデザインの選択ができていないのですね。

格差発生や、それを是正するタイムラグを
許容しなければ、経済成長はできない

井堀 もう一ついえば、新しい経済成長をした後であれば、ある程度の再分配は可能になりますよね。日本の高度成長期も、効率的に都市部にインフラを集中させて、成果が出たうえで、かなり地方に配分しました。

出口 田中角栄首相の時代ですね。

井堀 ええ。余裕ができたから、新幹線も高速道路も全国に整備できた。成長した後であれば、成長から取り残された地方や人々に配慮することもできるんですね。ただ、分配するには先立つものが必要ですから、成長する過程ではある程度の格差が生まれてくることを許容しないといけない。最初から格差が拡大するのはダメとなったら、成長もできないわけです。だから、時間軸を意識する必要がありますよね。
 出口さんが指摘されたように、まずは、安心・安全な社会をとるか、それを短期的には犠牲にしても成長をとるのか、重点を決めないことには、どっちつかずで何もできなくなります。

出口 資源の無駄遣いになりますね。政府が目指す方向もブレるし、市民もよく分からなくなる。
 その点について、僕はメディアの責任が大きいと思っています。民主主義のひとつの鍵は、共同幻想をつくりあげるメディアだと思うのです。問題の捉え方によって市民はどちらにも振れますから、この問題はトレードオフであっていいところ取りはできないんだ、と広く知らしめないといけない。おじいさんやおばあさんも、きちんと問題を提起されて、敬老パスとお孫さんの教育費とどちらが大事かと聞かれれば、本気で考えると思うんですよ。メディアが投げかける問題提起が間違っていると思います。
 建国の経緯からいっても、米国や欧州が革命を起こして自分たちの手で政府を立ち上げてきたのに対し、日本はみずから政権を奪取した経験が乏しい国ですから、メディアや教育がもっと近代市民社会の原理原則を徹底的に教える必要があると思いますね。

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井堀利宏(いほり・としひろ)

東京大学名誉教授。政策研究大学院大学教授。1952年岡山県生まれ。74年東京大学経済学部卒業、81年ジョンズ・ホプキンス大学大学院経済学博士課程修了(Ph.D.取得)。東京都立大学経済学部助教授、大阪大学経済学部助教授、東京大学経済学部助教授、95年同教授を経て、97年から同大学院経済学研究科教授、2015年に同名誉教授。同年4月より現職。2011年紫綬褒章受章。主な著書に『現代日本財政論 財政問題の理論的研究』(東洋経済新報社、1984年、日経・経済図書文化賞)、『財政赤字の正しい考え方 政府の借金はなぜ問題なのか』(東洋経済新報社、2000年、石橋湛山賞)、『「歳出の無駄」の研究』(日本経済新聞出版社、2008年)、『大学4年間の経済学が10時間でざっと学べる』(KADOKAWA/中経出版)など著書多数。


“現状維持”が最悪の選択である

財政健全化への消極性が若年世代や将来世代に与える影響のほか、財政問題を抜本改革するために必要な社会保障改革、それを実行するのに不可欠と思われる選挙制度改革について、具体案を提示しながら検討していきます。

「“現状維持”が最悪の選択である」

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