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日本に巣食う「学歴病」の正体

高学歴負け組社員はなぜ自分の「負け」を認めないのか?

吉田典史 [ジャーナリスト]
【第26回】 2016年7月12日
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 社会人に対して主に戦略、組織変革、リーダーシップなどを教える、中央大学大学院教授の磯村和人さん(51)に取材を試みた。今回と次回は、その際のやりとりを紹介しながら「学歴」について考えたい。

 磯村さんは高校に進学することなく、大検(大学入学資格検定試験)を経て、1983年に独学で京都大学に合格した。父や兄(東大医学部へ現役合格、現在は医師)とともに、「中学校の管理教育と戦う家族」として新聞やテレビなどで報じられた。その奮闘が、1984年放送のTBSドラマ『中卒・東大一直線 もう高校はいらない!』のモデルとなり、一躍有名になった。

 その後、研究者としての人生を歩む。自らの稀有な経験もあり、学歴やその価値、さらに会社員などのキャリア形成や人事のあり方などについても研究する。

 磯村さんは、「日本の社会には学歴を私的に利用する人がいる」と指摘する。その意味を聞いていくと、「学歴病」の真相が浮き彫りになってくる。読者諸氏は、この「学歴の私的利用」をどのように感じるだろうか。


学歴とキャリアという2つの
座標軸で会社員を捉える

仕事でうまくいかない会社員の中には、自分の学歴を言い訳にして、「負け」を認めない人もいる。なぜ日本には学歴を「私的利用」する会社員が多いのか

筆者 日本の会社員の中には、学歴に影響を強く受けている人が多数いるように思えます。その一例が、昇進・昇格で同世代の社員に負けている人たちが、10代の頃の学歴の話を持ち出したりすることです。

磯村 そのような思いになることは、わからないでもないのです。日本では、学歴のインパクトが様々な意味で強いと思います。

 たとえば、「○○大学に入学する」という目標が明確であるし、合格できた場合の達成感がありますね。学力は成績や偏差値で示されるし、予備校などが発表する「偏差値ランキング」もあります。

 しかも、10代という多感な時期に経験しますから、その人の意識に残りやすいのだと思います。受験にはゲーム感覚もありますから、面白い一面もあります。ある意味で、ハマリやすいと言えるのでしょうね。

筆者 確かに、そのような面はあると思います。

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吉田典史 [ジャーナリスト]

1967年、岐阜県大垣市生まれ。2006 年からフリー。主に人事・労務分野で取材・執筆・編集を続ける。著書に『あの日、負け組社員になった・・・』『震災死 生き証人たちの真実の告白』(共にダイヤモンド社)や、『封印された震災死』(世界文化社)など。ウェブサイトでは、ダイヤモンド社や日経BP社、プレジデント社、小学館などで執筆。


日本に巣食う「学歴病」の正体

 今の日本には、「学歴」を基に個人を評価することが「時代遅れ」という風潮がある。しかし、表には出にくくなっても、他者の学歴に対する興味や差別意識、自分の学歴に対する優越感、劣等感などは、今も昔も変わらずに人々の中に根付いている。

たとえば日本企業の中には、採用において人事が学生に学歴を聞かない、社員の配属、人事評価、昇格、あるいは左遷や降格に際しては仕事における個人の能力や成果のみを参考にする、という考え方が広まっている。しかし実際には、学歴によって選別しているとしか思えない不当な人事はまだまだ多く、学閥のようなコミュニティもいまだに根強く存在する。学歴が表向きに語られなくなったことで、「何を基準に人を判断すればいいのか」「自分は何を基準に判断されているのか」がわかりずらくなり、戸惑いも生まれている。こうした状況は、時として、人間関係における閉塞感やトラブルを招くこともある。

 これまでの取材で筆者は、学歴に関する実に多くのビジネスパーソンの悲喜こもごもを見て来た。学歴に翻弄される彼らの姿は、まるで「学歴病」に憑りつかれているようだった。学歴は「古くて新しい問題」なのだ。本連載では、そうした「学歴病」の正体を検証しながら、これからの時代に我々が意識すべき価値基準の在り方を考える。

「日本に巣食う「学歴病」の正体」

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