マインドフルネスは「第3世代」の認知行動療法

「先生、これって一種の認知行動療法なんでしょうか?」

「ふぉふぉふぉ」

気味の悪い高笑いとともにヨーダは頷いた。「鋭い、さすがはわしの一番弟子じゃ」

ヨーダの弟子になった覚えはなかったが、認知行動療法については私も多少知っていた。アーロン・ベックというアメリカ人精神科医が1960年代に編み出したカウンセリング手法だ。認知、つまりは「考え方」を変えさせることで、心の不調を改善する療法だ。ヨーダの先ほどの電車の話は、いわば「考えについての考え方(認知)」を変えようとしたものだと言えるだろう。

「人間は『考え・気持ち・行動』の3つから成り立っている」――このシンプルな思想が認知行動療法の根底にはある。そして、そのシンプルさゆえに、認知行動療法は不眠、うつ、不安、パニック障害、拒食症、薬物依存、怒りなど、さまざまな領域に応用され、その効果が実証されている。いまやカウンセリングの世界では、「王様」と言ってもいい存在だ。

「釈迦に説法になるが、認知行動療法はもともと主に行動を修正する行動療法としてはじまった(第1世代)。これがさらに洗練されていき、考え方の悪いクセ、いわゆる認知の歪みを一定の理論に基づいて修正していく第2世代が生まれた。

そして!第3世代の認知行動療法の1つとして、マインドフルネス認知療法が広がりつつある。アメリカで生まれた合理主義的な方法と、東洋に起源を持つマインドフルネスが出合ったというわけじゃな。さっきわしが君に対してやったように、まずは瞑想などを取り入れながら、自分の認知を客観視させることからはじめる。マインドフルネスは『自分の考え方のクセ』に気づくのにも有効なんじゃ。

そして、そこに従来の認知行動療法を組み合わせる。認知の歪みを紙に書き出したうえで、それを修正していくんじゃ。マインドフルネスを組み合わせることで、いわば自分の考え方のクセを料理しやすくするというわけじゃな」

あの認知行動療法とマインドフルネスが合体しているとは……。しかし、わざわざ瞑想などを取り入れなくても、認知行動療法はこれまでも十分に機能しているように思うが……。

「まだ半信半疑のようじゃな」

ヨーダは抜け目なく私の心を読む。「いつもどおりいくつかの研究も紹介しておくぞ、ふぉふぉ。オックスフォード大学のチームが行った研究、これがなかなかすごくてな」

そう言ってヨーダが見せてくれた研究論文には、さすがに舌を巻いた。掲載されたのは世界で最も有名な医学ジャーナルだ[*1]。

*1 Kuyken, Willem, et al. “Effectiveness and cost-effectiveness of mindfulness-based cognitive therapy compared with maintenance antidepressant treatment in the prevention of depressive relapse or recurrence (PREVENT): a randomised controlled trial.” The Lancet 386.9988 (2015): 63-73.

長年にわたって薬物治療を受けている重度のうつ病患者を、無作為に2つのグループに分ける。一方にはこれまでどおり薬物を投与するが、もう一方はなんと薬の処方をやめて、週2時間のマインドフルネス認知療法に切り替えたという。8週間に及ぶ治療のあと、2年間にわたって追跡調査を行い、どちらのグループがうつ病の再発率が高いかを調べると……。

「そう、2つのグループの再発率に差はなかったんじゃよ」

これはある意味では衝撃的な結果だ。ヨーダの目がキラリと光る。

「ふぉふぉ、いくら薬物治療が避けられるようになりつつあるとはいえ、この研究の対象となっていたのは、重度のうつ病患者さんたちじゃ。そういう患者さんからいきなり薬物を奪うというのは、精神科医にしてみればかなりリスキーに思える。再発の可能性も高いからな。にもかかわらず、マインドフルネス認知療法による8週間のカウンセリングが、薬と同等の効果を発揮した。この方法の有効性を示した画期的な研究と言えるじゃろうな」

(次回に続く)