「脳」がわかれば「なぜ?」がわかる!
【第15回】 2008年8月8日 山元大輔 [監修] [東北大学大学院生命科学研究科教授/理学部生物学科教授]

会話でも買い物でも大活躍する「ワーキングメモリー」とは?

──役目を終えたら消えてしまう記憶

人間は、脳あってこその存在。人の行動、思考、感情、性格にみられる違いの数々は、すべて脳が決めているのです。「心の個性」それはすなわち「脳の個性」。私たちが日常で何気なく行なっていることはもちろん、「なぜだろう?」と思っている行動の中にも「脳」が大きく絡んでいることがあります。「脳」を知ることは、あなたの中にある「なぜ?」を知ることにもなるのです。この連載では、脳のトリビアともいえる意外な脳の姿を紹介していきます。

コミュニケーションに
記憶は不可欠

 人が会話するとき、そのプロセスはどうなっているのでしょう。改めて考えてみましょう。

 AさんとBさんという2人の人間が会話し、そのテーマがフランス料理とイタリア料理ではどちらがおいしいかだとします。まずAさんが、料理は「フレンチが最高」だと話せば、BさんはAさんの話をいったん記憶し、「いや、やはりイタリアンのほうが美味だ」と主張します。そのとき、AさんもBさんの話を記憶し、イタリアンに優るフレンチのおいしさを語らなければなりません。

 こうしてAさんとBさんもまず相手の話をいったん記憶し、そのうえで自分の考えを主張します。相手の考えを理解しコミュニケーションをとるためには、まず記憶するという行為が不可欠なのです。しかも、ときにはかなり以前の記憶を呼び戻し、それをみずからの主張の根拠に追加しなければなりません。

 このように、状況に応じて短期的に記憶したり、会話のために記憶をいったんプールする、あるいは長期の記憶を自在に呼び戻し、その状況が終わると不要な記憶を消去したり、記憶のプールに戻したりする、そんなプロセスを「ワーキングメモリー」と呼んでいます。

「短期的な記憶」との
決定的な相違点

 会話以外にも、ワーキングメモリーは頻繁に使われています。たとえばコンビニで買い物をするときや、本をいくつか買うときなどです。財布の中身を思い出しながら、欲しいモノの値段を覚え、買えるかどうかの計算をします。

 このケースでは、レジで支払いを終えるときには、頭の中でのやりとりの記憶はきれいさっぱりと忘れてしまっていますね。これもワーキングメモリーなのです。

日常生活に便利なワーキングメモリー

 では、短期的な記憶とワーキングメモリーとの決定的な相違点とは何なのでしょう。

 短期的な記憶とは、何でも戦略なしに短時間覚えていることをいいます。ワーキングメモリーはある特定の目的や作業のために記憶したり、記憶を呼び戻すことを指します。前出のAさんとBさんの場合は、それがあるテーマにもとづく会話でした。記憶するための記憶ではなく、必要に迫られての記憶なのです。その点が両者は決定的に異なります。

 もちろん、ワーキングメモリーだからといって、すべての記憶が消去されるわけではありません。フランス料理のどこか美味なのかという情報が必要であれば、その記憶はプールされていきます。コンビニ弁当の値段も、他のコンビニの値段と比較する必要がある場合、やはり記憶されていきます。

 いずれにしても、人間の日常生活では常にワーキングメモリーが大活躍しているのです。