今回ご紹介するのは、『ひとり介護 母を看取り父を介護した僕の1475日』。介護という大きなテーマをありのままに、ときにユーモラスに描写する、骨太ノンフィクションです。

ある翻訳家による
「ひとり介護」の実践記録

 国の調査によれば、介護を担っている家族の4人に1人がうつ状態に陥っているそうです。介護保険制度がスタートして今年度で14年目に入りましたが、介護する側の家族の負担は重くなる一方で、介護疲れなどが原因とみられる悲惨な殺人事件も起きています。

 とりわけ深刻なのは、このような事件の背後に垣間見える“ひとり介護”や“老老介護”が急増していることです。少子・高齢化、未婚・晩婚化の急速な進展にともない、独身の娘や息子による老親介護はいまや見慣れた風景の一部になりましたが、今日では孫が祖父母を介護するケースも散見されるようになりました。また、身内などがいない夫婦などで、妻(あるいは夫)が夫(あるいは妻)を介護する事例も増加しているそうです。

 このようなひとり介護は、社会問題化しているにもかかわらず、問題解決に有効な手立てがほとんど見つかっていません。それどころか、介護する側に相談相手やストレスのはけ口がないことなどから、要介護者への虐待などにつながりやすいとも指摘されています。

「じゃあ、死んでしまえばいいだろ」<br />きれいごと抜きの「ひとり介護」の実態岡山徹著『ひとり介護 母を看取り父を介護した僕の1475日』 2007年9月刊。あたたかい帯コピーが印象的です。

 本書『ひとり介護 母を看取り父を介護した僕の1475日』を著した岡山徹氏は、『ジョン・レノン』『海峡を渡るバイオリン』などの訳書、著書がある翻訳家、コラムニスト、作家です。ひとり介護といっても、岡山氏は独身ではありませんし、一人っ子でもありません。妻とは結婚当初から別々に暮らし、お互いの自由を尊重しながら、別居結婚を続けている人物です。

 そんな岡山氏の実兄一家といっしょに住んでいた父親と母親が、ある日、茨城県取手市から都内の二男の自宅に遊びにやってきます。そのまま、独り身の岡山氏の家に住みついてしまうのですが、ほどなくして母親が胆管がんに侵されていることがわかり、延命のための手術を決断。手術は成功し、退院後は「余命2年」という残された日々をいとおしみながら、親子水入らずの生活を続けます。そして、再発。末期がんの最終段階を迎えます。

 母は子どもっぽく笑いながら僕にしがみつき、二人はまた恋人のように腕を組んで歩き始めた。息子が母親を慕うと、世間ではマザコンだの、近親相姦的だの、どうとでも言う。確かに男の子は母親が大好きだ。しかし、口さがない世間は母親の面倒は見てくれないのだ。母が死と向き合うように、僕は自分にしか分からない苦労と向き合っていた。

 それから、一週間後、ついに事件が起きた。二階で一人で寝ていた母の寝床のそばに父がかけつけ、そのそばでオロオロしていた。母はふとんの横におまるを用意していたが、ついに緑色の軟便を爆発させてしまった。(128~129ページ)