「弟は勤務先が遠方だし、妻も第一線で働いています。うちは子どもがまだ小さいので、母親の介護をするのは結局、自分しかいなかったんです」
こう語るのは、中堅機械メーカーの営業職、山田貴夫さん(53歳・仮名)である。79歳になる母親は、それまで山田さん夫婦とは別居して実家でひとり暮らしをしていたが、3年ほど前から少しずつ様子が変わってきた。
認知症の症状が出始め、夜中に徘徊している姿を見かけたと近所の人から連絡が入ったのだ。病院で内臓疾患も見つかり、「要介護度は3」という診断。まだ深刻な状態ではないものの、ひとりで生活させることはできなくなってしまった。
貴夫さんは、しばらくの間は会社を夕方5時に出てスーパーで買い物をし、一緒に夕食をとって寝かせてから帰宅。土日も実家で過ごすという“二重生活”を続けていたが、母親の病状は日に日に悪化し続けた。
そして、留守中に母親がボヤ騒ぎを起こしてしまったことが引き金となり、ついに昨年8月、貴夫さんは会社を辞めて母親の介護生活に入ったのである。現在は妻の収入を頼りに、妻子と離れて実家で母親の世話をする日々を送っている。
肉親の介護のために、生活の糧である会社を辞めなくてはならない。
世の多くのサラリーマンにとって、そんなことは一昔前なら考えられなかったことだろう。だが、今やそんなケースが珍しくないというから、驚きである。実は、貴夫さんのように、肉親の介護や看護のために企業を退職せざるを得ない「介護離職者」が、全国で急増しているのだ。
総務省就業構造基本調査によると、家族の介護や看護のために離職・転職した人は、2006年10月からの1年間で、なんと約14万4800人、前年同期比で4割も増えている。これは過去10年間で最も多い数字だという。
そのうち、男性は約2万5600人と9年前の約2倍に急増している。彼らの多くが40~50代の“働き盛り”だ。
このように、急激に介護離職者が増えた背景には、06年に要介護者への在宅サービスを大きく制限する「改正介護法」が実施されたことも影響している。しかしそればかりではない。ここまで介護離職者が増え続けていても、「介護者に対する企業や行政の対応はまだまだ不十分」と言わざるを得ないのが、現状だからだ。