【第12回】 2010年03月04日
本当に正常なのは誰だ?
―社会に適応したマジョリティと心に正直なマイノリティ
――あんな非人間的な満員電車に、どうしてみんなは平気で乗っていられるんでしょう?
これは、「うつ」状態から脱け出したクライアントの多くが口にする疑問です。
人間には、パーソナルスペースというものがある程度必要なはずですが、ギュウギュウ詰めの電車ではそれは完全に侵害されています。しかし、周りの人たちは、それをさほど苦にしている様子もありません。
たとえばロンドンの地下鉄などでは、混み合った電車が来たら人々は無理に乗り込もうとはせず、次の電車を待つことが多いようです。しかし、タイムカードで管理されるような組織に属している私たちには、残念ながら、次の電車を待つような時間的余裕が十分に与えられてはいません。
感性の鈍磨していない人が、電車の中の妙に苛立ったせわしない空気や、死んだ目をしている人たちに囲まれていることに、吐き気を伴うような不快感を抱いたとしても何ら不思議はないでしょう。はたして私たちは、そういったことを苦と思わないことを「正常」と呼ぶべきなのでしょうか?
大事な疑問を封じ込めた末に……
――そもそも、どうして働かなければならないんでしょう?
何となく流されるままに進学し、特にやりたいこともはっきりしないまま無難だからという理由で就職先を決め、ある時ふと、こんな疑問が湧きあがって「うつ」状態に陥ってしまうケースも、最近では少なくありません。
このような疑問を身近な人にぶつけてみても、大概は「働かざる者食うべからずだよ。生きていくにはお金が不可欠。飯が食えなきゃ、何も始まらないだろう」と返されてしまいます。
それによって、さらに「なぜ人は、そうまでして生きていかなければいけないのか?」という疑問が湧いてくるのは当然の流れです。しかし、誰からも納得のいく答えは得られそうもないなと思い、ほとんどの人はその疑問をただ飲み込むしかすべがありません。
しかし、そうやって大事な問いを封じこめて過ごしているうちに、ある朝、起きはしたものの、一向に身支度をしようとしない自分に愕然とすることになったりします。
こういった根源的な問いをゆっくり立ち止まって考えるような時間を、然るべき若い時期に持ちにくい状況になっているということは、現代社会のはらむ大きな問題だといえるでしょう。
「遊び」のない現代の効率優先の社会システムは、このように次々と新たな「うつ」を生み出していっているのです。
Special Topics
バックナンバー
- 第12回
- 本当に正常なのは誰だ? ―社会に適応したマジョリティと心に正直なマイノリティ (2010年03月04日)
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著者プロフィール
- 泉谷閑示
(精神科医)
1962年秋田県生まれ。東北大学医学部卒。東京医科歯科大学医学部付属病院医員、(財)神経研究所付属晴和病院医員、新宿サザンスクエアクリニック院長等を経て、現在、精神療法を専門とする泉谷クリニック院長。著書に『「普通がいい」という病』(講談社現代新書)と最新刊の『「私」を生きるための言葉』(研究社)がある。
「泉谷クリニック」ホームページ
この連載について
今日急増している「うつ」は、もはや特定の個人の問題と捉えるだけでは十分ではない。現代人が知らず知らずに翻弄されているものの正体は何か。前連載に引き続き、気鋭の精神科医が豊富な臨床経験をもとに読み解く。
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