小学5年生になる長男が熱を出した。咳も止まらない。近くの小児科に連れてゆく。玄関の扉を開ければ待合室には大勢の子供たち。風邪が流行っているらしく、そのほとんどはぐったりと、隣に座る母親にもたれかかっている。

 靴を脱いだ僕は、玄関の横の靴箱に入っているスリッパに履き替える。長男は二回りほど小さなスリッパ。30分ほど待たされてやっと受診。

 「風邪ですね」

 長男の咽喉の奥を覗き込みながら、症状と経過を説明する僕に医師は一言。うん。それは僕にもわかる。

 「お薬2種類出しておきます。熱が少し高いようなので、座薬も出しておきましょう。しばらく様子を見てください」

 礼を言ってまた待合室の長椅子に腰かける。いつのまにか子供の数が増えている。まるでこの狭い空間で増殖しているようだ。ぐったりともたれかかる子供たちを横抱きにしながら、母親たちは皆、疲れきったように宙の一点を見つめている。

 名前を呼ばれて僕は立ち上がった。受診料を払い、小さな紙袋に入った薬を手渡される。長男の手を引きながら玄関へと向う。子供の数はますます増えている。まるでこの地域の子どもたち全員が、この狭い空間に集まっているかのようだ。

 130人の子供たちを引き連れたハーメルンの笛吹き男は、そういえば町を出てからどうしたのだろうとふと思いつく。いずこかへ消え去ったとするバージョンもあるし、洞窟に入ったとするバージョンもある。いずれにしても最初のうちはまだいい。でも2、3時間も歩けば、お腹が空いただの、家へ帰りたいだの、ゲーム機を忘れただの言いながら、泣いたり座り込んだりする子供たちが続出しただろう。おそらくハーメルンの笛吹き男は、その段階で自分の軽率さに後悔したはずだ。世の中にはいろいろ面倒ごとはあるけれど、子供の世話は何よりも大変だ。それも一人や二人じゃない。町中の子供たちだ。笛吹き男だけではない。子供たちだって後悔したはずだ。そして親は泣いている。ひどい話だ。誰も幸福になどなっていない。