1.「家事の手伝い」が逆効果になる理由

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花まる学習会代表の高濱正伸氏の講演会の様子 ※編集部撮影

 高濱氏は、現代の母親が抱える最大の問題は「孤立」であると指摘します。かつては地域全体で行っていた「共同子育て」のセーフティネットが失われ、核家族の中で母親一人に負担と責任が集中してしまっているのです。

 例えば地方の農家では、田植えの時期になると近所の主婦たちが子どもを連れて田んぼに集まりました。子どもたちはあぜ道に寝かせられ、誰かの赤ちゃんが泣けば近くの女性が面倒を見たり、乳を与えたりして、地域全体で「共同で子育て」を行っていました 。しかし現代は核家族化が進み、子育ての中心には母親一人しかいません。かつてのように、先輩ママや同年代の親が常にそばにいる環境は失われ、母親は孤立しているのです。

 ここで多くの父親が陥るのが、「とりあえず家事を手伝えばいい(イクメンになればいい)」という勘違いです。手伝うこと=妻の負担を減らす、と誤解している状況です。「皿の洗い方が違う」「収納場所が違う」と妻に指摘され、夫は「せっかくやったのに」と不満を感じます。しかし、妻からすれば、やり直す手間が増えるだけの「手伝い」は、むしろ負担になることさえあるのです。

 単なるタスクの分担ではなく、妻の抱える孤独や負担感を理解しないままの行動は、かえって家庭の空気を悪くしてしまう恐れがあります。

2.思考力と受験を支える「家庭の土台づくり」とは

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 では、父親はどうすべきなのでしょうか。高濱氏は、子どもの「思考力」や「後伸びする力」を伸ばす土台は、子ども自身が感じる「絶対的な安心感」にあると語ります。

子どもの能力は「安心感」の上でしか伸びない

 なぜ、父親向けの子育て講演会で「妻の話」が出るのでしょう。それは、家庭環境が子どもの「学習能力」や「受験」に直結しているからです。

 子どもにとって、特に幼少期において母親は「太陽」のような存在であり、世界のすべてです。母親が笑顔でいれば、子どもは「自分はここにいていいんだ」という絶対的な安心感(自己肯定感の土台)を得て、能力を最大限に発揮できます。

 逆に、母親が笑顔を失い、家庭が不穏な空気であれば、子どもは常に母親の顔色をうかがい、委縮してしまいます。「思考力」や「後伸びする力」は、安心できる土台(基盤)があって初めて積み上がるものなのです。

父親の仕事は「妻の自由研究」

 つまり、父親にとっての最大のミッションは、真正面から子どもの勉強を見ることよりも、まず「子どもたちの母親である妻を上機嫌にさせておくこと」と高濱氏は力説します。これが、子どもの学力を伸ばすための、家庭にとっていちばん大事にしたい課題となります。

 そのために高濱氏が提唱するのは、単なる家事分担ではなく、「妻のプロになる」ことです。「妻は何に関心があり、どういうものが好きなのか、さらになぜなのか?」。これを徹底的にリサーチする「妻の自由研究」を行うべきだと説きます。

「私は寝る前に、明日の朝も妻が幸せでありますように、と本気で念じています」と高濱氏は真剣に語ります。妻の精神状態にコミットすることが大事なのだというわけです。

 その熱を帯びた高濱氏の軽妙な話しぶりに、会場からは笑いが起こりました。しかし、それが結果として、子どもが勉強に集中できる「最強の家庭環境」をつくり出すことになるのだという強い主張を、多くの参加者が深く理解している様子でした。

3.年齢で切り替わる「父親の出番」

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 家庭の土台をつくった上で、子どもの成長段階に合わせた「父親の直接的な関わり」も重要です。高濱氏は、子育てを時間軸で分けて考えるべきだと語ります。

4歳〜9歳(幼児期):キーワードは「愛・しつけ・没頭」

 この時期は理屈ではなく、計算や文字などの「基盤力」を習慣化させる時期です。そして何より、無条件の愛を注ぎ、自己肯定感を育むことが求められます。親子関係が濃厚な時期で、過保護になりやすいため、親の節度も必要となります。

11歳〜18歳(思春期):キーワードは「子離れ」

 親の言うことを聞かなくなる時期であり、ここからは「親以外の尊敬できる師匠」に出会えるかが勝負になります。もう子ども扱いではなく、ひとりの人間として、人生の先輩としての接し方が必要になってきます。この時期は、過干渉になる母親も少なくないので、そうならないように父親がサポートするのも役割のひとつです。

 中学受験や高校受験が関わってくるこの時期、父親の役割は「勉強を教えること」ではありません。子どもが外の世界の「師匠」や「コーチ」と出会える環境を用意し、社会の面白さや厳しさを背中で語ることなのです。

4.参加した父親たちの「気づき」と「変化」

 実際にこの講演会に参加し、家庭での役割や子どもとの向き合い方について深く考えさせられた父親たちの声を紹介します。

父親としての「軸」を確認する場として

「高濱先生のお話には、毎回感心しっ放しなんです。年に1回は聴きに来て、自分の戒めにしていますね。父親として何ができているか、何が足りないか、何ができなかったかも反省できます。考えがぶれそうになるときもありますから」(40代)

良好な関係が子どもの「思考力」を育てる

「2人の子どもが花まる学習会に入会していて、妻から講演会を勧められました。以前よりも親子関係がより良好になっていると感じています。子どもとの距離をどう保つとか、勉強の押し付けをするわけでもないお話だったので、とても参考になりました。子どもの個性を伸ばすために思考力をどう育てていくかが大事だと思っていますので、今の状態を続けられるといいなという感じです」(50代)

まとめ:父親だからできる「戦略的役割」と「環境整備」

「かわいいわが子を良い環境で育てるためには、妻が笑顔でいなければならない。だとすれば、全力で妻を笑顔にする努力を惜しむべきではない」。

 これが、令和の父親に求められる「戦略的役割」の再定義です。真正面から子どもの勉強を見るのではなく、子どもがのびのびと育つための「母親の笑顔」というインフラを整えること。引きこもりや学習意欲の低下といった現代的な問題を防ぎ、「メシが食える大人」に育てるために、今、父親がすべきことは「家庭の空気」をデザインすることなのです。

 家事のスキルを磨くだけでなく、妻を笑顔にすること。それが結果として、子どもの力を育む最短ルートとなるのかもしれません。イクメンの時代、社会構造の変化とともに家庭における父親の役割も大きく変わっていることを意識する必要がありそうです。さて、子どもたちにとってより良い家庭環境をどう整えるか。これも受験を考える上での大きな課題であることは間違いありません。

(2025年11月16日に都内で開催された、父親だけが参加する子育て勉強会「父親だからできること ケーススタディ編」の取材レポートです)