ご褒美をあげても効果がない場合がある!?
子どもに勉強させるために苦労されている親御さんは多いでしょう。勉強が好きで自分から勉強してくれれば、親としては助かります。しかしそういう子は、はっきり言って少数派です。私の指導経験から言うと、10人に2人程度しかいないのではないでしょうか。我が子もご多分にもれず、あまり勉強が好きではないようです。
勉強が好きではない子どもを持つ親御さんは、やる気を出してもらうために「ニンジン(ご褒美)をぶら下げてその気にさせる」という「ニンジン作戦」をとることがあるかと思います。例を挙げると「○○をしたらお年玉を……」「夏休みに○○へ行きたかったら……」「クリスマスプレゼントで○○が欲しかったら……」などがあります。
しかし残念ながらこのニンジン作戦、うまくいく場合とうまくいかない場合があります。
最近読んだ本の中で、チャールズ・A・クーンラット氏はこうしたニンジン作戦がさっぱり機能しないケースを挙げていました。クーンラット氏は「成功する経営のコツ」を説いている人物です。経営と教育とでは縁遠いように見えますが、ニンジン作戦の効果については学ぶべきことが多く、私も我が子との関わりにおいて気を付けようと思える内容が書いてありました。せっかくですから、皆さんのお役に立てるようシェアしようと思います。
クーンラット氏によると、ニンジン作戦がうまく機能しないケースは以下の5つです。
- 馬がお腹を空かせていない時
- ニンジンのサイズが小さい時
- そもそも上り坂が急過ぎる時
- 荷物が重すぎる時
- 馬がニンジンを嫌いな時
ひとつずつ解説していきます。
ご褒美が機能しない5つのケース
それでは実際にご褒美が機能しない5つの例を解説していきます。間違った場面でご褒美を使わないように注意しましょう。
馬がお腹を空かせていない時
お腹が空いていない馬は、余計なニンジンを欲しがりません。つまり、ハングリーではないのです。例えば、月500本のニンジンで満足する馬に「月3000本を与えるからもっと働け」と言っても、馬がさらに働くことはないでしょう。自分のニーズである月500本分の働きに合わせて、ノロノロと仕事をするだけです。
これに似たケースは、実際に生徒のご家庭でも起こっています。あるご家庭では「お手伝いや勉強をするとおこづかいがもらえる」というシステムを導入しましたが、うまく機能しませんでした。
なぜならこのご家庭では、必要なものは親が買い与えており、本人がお金を欲しいと感じていなかったからです。そのお子さんは結局、勉強は叱られてから嫌々する形となってしまいました。お小遣いは、この子にとって余計なニンジンだったわけですね。
ニンジンのサイズが小さい時
次の状況は、ニンジンが十分なサイズではないために機能しないケースです。ニンジンを目の前にした馬は、振り返って荷車の中の荷物を一瞥(いちべつ)します。そして、坂を登りながらこう考えるのです。
「ふん、こんなちっぽけなニンジン1本で、この荷物をあの坂の上まで引っ張り上げろって言うのかい……まったく冗談じゃないよ」と。
お手伝いや勉強に対するご褒美についても、話は同じです。「この労力に見合わないな」と思ったら、子どもはやる気を出してはくれません。「サボってマンガを読んでいた方がマシだ」といった心情になるでしょう。
そもそも上り坂が急過ぎる時
3つ目は、上り坂があまりに急過ぎるため、ニンジン作戦が機能しないケースです。要するに、相手の能力以上の仕事を与えてもどうにもならないという話です。
勉強においても、同様のケースが発生します。勉強に対して「めんどくさい」ではなく「どうせやってもできない」と思っている子どもは、いくらニンジンが魅力的でもやる気を出しません。
荷物が重過ぎる時
4つ目は、荷物が重過ぎる時です。ぶら下がっているニンジンのサイズは良くても、運ぶ荷物があまりに重過ぎると、馬(人)はこう考えます。「そりゃあ、この仕事が良い稼ぎになるのはわかりますけどね。でも、そのために僕がいったい何社を訪ね歩かなきゃならないか……あなた、わかってて言ってるんですか?」と。
ご褒美が欲しくないわけでもないし、ご褒美と勉強とのバランスが悪いわけでもない。しかし報酬までのハードルがあまりに高過ぎると、馬(人)は積極的になれません。
例えば「100時間自主学習をしたらゲームソフトを買ってあげよう」と言われた子どもは「毎日2時間やっても2ヶ月近く先になるのか……」と考え、その遠過ぎる道のりからやる気が出なかったりするということです。
馬がニンジンを嫌いな時
こちらは、クーンラット氏が講演をしていた時に発見したケースです。モチベーションについて講演をしていた時、ひとりの女性が立ち上がってクーンラット氏に問いかけました。「すみません、もしもその馬がニンジンを嫌いだとしたらどうするんですか?」と。彼は予想だにしない質問を受け、思わず口ごもってしまったそうです。
実はこの質問は、報酬で人を動かすこと(インセンティブ・モチベーション)の本質を突いていました。ニンジン作戦を行う際は「そのご褒美は、本当に求められているのか?」ということも、しっかり考えておく必要があるのです。
例えば、あなたが営業部長として部下に「来年1億円売り上げたら、課長にしてやる」とニンジン作戦を行ったとします。果たして部下は喜ぶでしょうか? 喜んでくれるかもしれませんが、以下のように考える可能性もあります。
「うーん、課長ですか。基本給は上がるけど、労働時間は増えるし、残業代は付かなくなる。それにストレスで体を壊す可能性も、離婚する可能性も上がるかもしれない……そんなニンジン、要らないな」と。
昇進や昇給に対して「ハングリーではない」どころか、むしろ「嫌だ」と拒否しているようにも見えます。しかし「ご褒美」の価値を冷静に考えると、それは決しておかしな判断とは言えないのです。「昇進や昇給は当然嬉しいものだ」という思い込みがあると、このことに気付けません。
これは子どもも同じで、「成績アップや受験の合格は当然誰もが喜ぶものだ」と思い込んでいると間違いのもとです。「偏差値の高い学校に合格して入学したら、凄いスピードで授業が進むからついていくのが大変だし、宿題もいっぱい出されるんでしょ?だったら偏差値が低い学校で良いな」という風に考える子も、私の指導経験上少ないながらも確かにいました。
ご褒美作戦でやる気を上げるには限界がある?
ニンジン作戦におけるこうした失敗を避け、うまく子どもに勉強を促せたとしても、それだけでは成功したと言えません。ニンジンで動く子どもは、ニンジンを与えるのをやめた途端、元通り勉強しなくなってしまいます。そして、ニンジンで動く人間は概ね、次第に「より大きなニンジン」を要求するようになりがちです。
こうした要求に応えていては、お金がいくらあっても足りないという事態にもなりかねません。このあたりに、報酬によって人を動かすインセンティブ・モチベーションの限界があります。
こうして考えてみると、人を動かすにあたって「ニンジン作戦」はある程度有効ではあるものの、その先の作戦も用意しておく必要がありそうです。では、人を動かす方法は、他にはどんなものがあるでしょうか。本質的な「勉強の楽しさ」に気付かせることや「成長する喜び」を実感させること、また「競争の楽しさ」や「勝利の喜び」を味わわせてあげること。他にも様々な方法があるでしょう。
ただ「勝利の喜び」は、最初から得られるものではありません。野球のようなスポーツでは顕著なことですが、勝つための努力がまず先にあって、後から得られるものなのです。まずはニンジンを獲得するために努力を積み重ね、それによって勝利を手にし、次はその喜びを原動力にさらなる努力ができるようにしていく。勉強でもこうしたステップアップができたら、理想的ですね。
いずれにせよ大事なのは「今、この子は何をどれくらい欲しがっているのか?」を正確に把握することでしょう。「求めていないご褒美」や「手に入ると思っていない勝利」のために頑張ることはできません。お子さんが本当に求めているものを、本人をよく見たうえで、考えてみてください。